連なる住宅街のブロック塀を渡り歩いてたどり着くと、トゲの付いたシートで守られた塀がある民家の庭先で、年配の男が親子ほど年の離れた若い女に向かってなにやら吠えたてていた。なんとか障害物をすり抜けたおれたちは、出来るだけ近づいて塀の上から様子をうかがう。


「なんでこんなに何度も何度も……金魚ってのはな、一日で増えたり減ったりするもんじゃねぇんだよ!」


 庭にある大きな睡蓮鉢を指差しながら、男は番犬のように吠え続ける。この距離からだと中身まではよく見えないが、おそらく魚が飼われているはずだ。


「減るのはまだわかる、野良猫が喰っちまうからな。だけどよ、なんでひょっこり一匹二匹増えてるんだよ?」

「うーん……稚魚が成長して大きくなったからなのか、それとも、やっぱり数え間違えじゃないんですか?」

「だからよぉ、おれは間違えねぇって! 絶対にきょうは一匹増えてやがる!」


 二人して睡蓮鉢を見下ろしているところを見ると、なにを揉めているのか言葉はわからないが大体の察しがついてきた。

 この場から一秒でも早く立ち去るべきだと考えたおれだったが、塀の上のトゲを踏んづけたサイモンが耳をつんざくような悲鳴を上げたので、それは叶わなかった。


「なんだぁ? ……あっ、畜生め! この泥棒猫が!」

「お義父とうさん、やめてください!」


 おれたちに気づいた人間たちが、今度はなにやら喧嘩を始める。細長いプラスチック製のほうきを握った男の腕を、女がしっかりと掴んで離さない。とにかく、いまのうちに逃げなければ怪我だけじゃ済まされないだろう。


「てめぇ、割烹料理屋んとこのデブ猫だな!? 後で乗り込んでやっからな、こん畜生め!」


 そんな叫び声を尻目に、おれたちは必死になって全速力で逃げた。


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