暑さというヤツは、いったいどこからやって来るのか?


 そんな話題を、旧友のサイモンとアパートの駐輪場の日陰で寝そべりながら、哲学的に語りあう。と言っても聞こえは良いが、ようするに、話の種がそれくらいしかもうなかったからだ。


「いいかい、肉三郎にくさぶろう。あっちのほうに車が沢山あるだろ? そのなかでも特にでっかいの……ああ、トラックだ! トラックに運ばれてやって来るんだよ!」


 体とおなじように地面で横たわっていた銀灰色ぎんかいしょく尻尾シッポが、隣接する駐車場を差すようにして器用にヒョイと折り曲げられて動いた。


「なんでトラックなんだよ……」


 おれは目を閉じたまま、腹這いの姿勢でつぶやく。


「まえにさあ、荷台の扉を人間が開けたときに、そこから蒸し暑い空気が……こう……ムア~って出てきたんだよね」


 サイモンは気に入ったのか、眠たそうな顔でもう一度「ムア~」と言ってみせた。


 今年の夏は例年に比べて異常なほど暑く、日中はとてもじゃないがアスファルトの上は歩けない。肉球が大火傷するのは確実だった。

 それでも、人間という生き物は大馬鹿なのか、無慈悲にも犬の散歩を強行する。人間は靴を履いているので熱くないのかもしれないが、犬たちの肉球は無事では済まされない。彼らにも靴を与えてやるといった発想は、どうやら人間には出来ないようだ。


「それって、ただの熱気だろ? もし夏の暑さの正体がそれなら、どれだけのトラックが荷台を開けて〝ムア~〟しなきゃならないんだよ」


 思わず使ってしまったその言葉を忘れようと、おれは話題を変えることにした。


「なあ、サイモン。喉が渇いたな……腹も空かないか?」


 目を閉じたまま欲求を告げるおれに、旧友は何故なぜかなにも返さない。


「……サイモン?」


 薄目を開けば、しあわせそうな寝顔をした小太りの飼い猫が間近に映った。やれやれ、よくこの暑さで眠りにつけるものだ。


 公園にでも行くか──


 おれはゆっくりと体を起こす。そのまま背伸びをしてから欠伸あくびをひとつして、前足を丁寧に舐めまわす。

 すると、近くの家から人間の怒鳴り声が聞こえてきた。

 その声の主は、よっぽど怒っているのだろう。雷のように、それはそれは大きくあたりに響き渡っていた。気持ちよさそうに眠っていたサイモンが目を覚まし、何事かと声のほうへ顔を向ける。


「この大声はなんだい、肉三郎?」

「人間が騒いでやがるのさ。こいつは、なにやら事件のにおいがしてきたぞ」


 退屈しのぎにちょうどいい。

 おれたちは声を頼りに、民家をめざした。


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