第42話 騒乱のはじまり③
……視線が痛い。
というか、怖い。怖い、怖い……!
今日も安定の虚ろさである。
カミーユがどうしてこんなにもルナリアだけを見てくるのか、ルナリアにはその理由が分からなか……
って、もしかして……ぽっちゃりだからですか?
……ぽっちゃりが珍しいからですよね!?
――なんて。
こんな馬鹿なことでも考えていないと、ルナリアは本気で泣きそうだった。
バカップルの演技のために密着しているアルフレッドの温もりが、今のルナリアを支えていると言っても過言ではない。
カミーユの視線に怯えているルナリアに、気付いているのかいないのか、アルフレッドはライオス達の話を聞きながら、ルナリアを抱く腕に力を込めてきた。その力強い温もりにルナリアは心から安堵する。
だって……カミーユ、怖いんだもの。
この計画に協力したいと思った一番の理由は、ルナリアの兄であるキースの為だ。
そして、神殿によって長年洗脳されてきた魔術使いを自由にする為。
だが、何の力も持たないルナリアができることは、こうしてバカップルの片割れを演じ、アルフレッドにくっ付いていることだけ。
何の役にも立てないルナリアだが、何もせずにいられなかった。
そこにカミーユが含まれていたのは想定外である。
ルナリアにとってのカミーユはトラウマでしかないのに……。
しかし、この中で一番力を持っているであろうカミーユの注意を意図せずに引けているのは、不幸中の幸いといえる。
カミーユの注意を引き付けていられれば、ライオスが何かを命じた時でも初手の遅れを狙えるはず。
――そう、ポジティブに考える。
あとは……。
ルナリアは口の端にぐっと力を入れて微笑むだけ。
あくまで自然に。ぎこちなくならないように。
どうか、顔が強張っていませんように……!
「アルフレッド殿下が王になられる日が楽しみですなぁ」
「アリシテーニアの剣と名高い殿下が王になられた暁には、更に盤石な国となることでしょう」
ルナリアがカミーユに気を取られている内に、ライオス達の話題は、アルフレッドの即位の件に変わっていた。
……あ。
ライオス達は、いつもの『氷王子』ではないアルフレッドに油断して口を滑らせた。
ルナリアはアルフレッドの様子を伺うようにチラリと見上げた。
両親をとても尊敬しているアルフレッドの前で、その父を貶めるような発言をしたら……。
「私なんてまだまだです。一時の激情に流されて取り返しのつかないことをしてしまいそうですから。今も」
にこやかに答えたアルフレッドの目は笑っていない。纏う空気の冷たいこと、冷たいこと……。
アルフレッドの言葉を直訳すると――『今すぐに殺すぞ?』である。
……馬鹿だ。
こんな奴らがいるからアルフレッドは『氷王子』になったのだが。
「……え?」
ライオス達は、酷く戸惑っていた。
アルフレッドの放った直訳が通じたかは分からないが、流石にこの場に流れる冷たい空気は感じているはずだ。
アルフレッドは苛立った心を落ち着けたいのか、ルナリアの脇腹をぷにぷにと摘みだした。
今後よ計画に支障が出ると困るので、ルナリアは黙ってされるがままになる。
これくらいで怒りが安いものだ。まともにアルフレッドの殺気に当てられて、気絶なんてしようものならそれこそ大変だ。重さも含め色々な意味で……。
「こ、子供と言えば!神殿長殿の息子のカミーユもなかなかに優秀なのですぞ!」
冷たい空気をぶち破るように、腹黒狸の内の一人が強引に話題を変えた。
「そ、そうですな!」
「大人しく柔順ですし!」
「何でもできますよ!」
一人の狸に引き続いて、他の狸達も次々に言葉を重ねていく。
今の空気が気まずいのは分かるが、そこは触れて良いことなのだろうか。
虚ろだったカミーユの眼差しが微かに揺れだしたことに、ルナリアは気付いてしまった。
「……っ」
思わずアルフレッドの袖を握り締める。
「うちの愚息でよろしければ、是非とも殿下のお側に置いて下さい」
そうにこやかにライオスが答えた途端。
――ビューッと大きな音を立てながら、一陣の風が吹き込んできた。
ぽっちゃりになって早々に退場する道を選んだ悪役令嬢は、何故か婚約者に愛されました ゆなか @yunamayo
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