第40話 騒乱のはじまり①
――遂にこの日がやって来た。
今日、ルナリア達は腹黒狸親父共を一掃する。
……この二ヶ月間は、長いようで短かった。
兄のアルフレッドが、オルステッド公爵家に来る時に、ノエルも一緒に来るのか最早定番になり、兄とよく話すようになったノエルは、狸親父共からの接触が極端に減ったらしい。
ルナリアやシェリーと、趣味や特技を思う存分に満喫しているせいか、以前よりもずっと明るくなったので、付け入られる隙がなくなったのだろう。
唯一のイレギュラーといえば……何故かノエルが、ルナリアにデレたことぐらいだろうか。
『お、お義姉様って呼んでやらなくもないんだからね!?』と、顔を真っ赤に染めながら頬を膨らませるノエルはとても可愛かった。
……流石は推しアルフレッドの弟。
思わずキュンとしたのはここだけの話である。
ルナリア的には、他愛もない話をしていたはずだったのに、いつの間にかノエルの抱えていた闇に触れてしまい、これまたいつの間にか、その闇を解消してしまっていたという……謎。ナンテコッタ。
ここに触れると長くなるので割愛するが――ヒロイン、ごめん。ノエルのフラグ、折っちゃったかも。
でも、闇落ち回避できたから良いよね……!?
……この話は、機会があればその時に。
ルナリアは空に向かって両手を合わせた。
作戦に向けて心配だった、ルナリアの足の怪我もすっかり良くなった。
アルフレッド自ら、リハビリに協力してくれたのだが……よろけるルナリアを嬉しそうな顔で抱き締めるアルフレッドは、わざとルナリアがよろけそうなメニューを提案していたような気がする。
そのお陰で予想よりも早く回復したのだが、代わりに間近でアルフレッドの綺麗な顔を見ることになり、心臓が保たないかと思ったのは、良かったのか悪かったのか……。
『イケメンは遠くから干渉するに限る』。(まる)
そんなこんなで色々あったが、少なくとも今のルナリアならば、足手まといになることはないはずだ。身の危険を感じたら逃げられるはずだし、シェリーが用意してくれた暗器もドレスの下にある。
……後は。
ルナリアは、ちらりとアルフレッドを見た。
この作戦が終わったら、適当な理由をつけて、田舎の方にあるオルステッド家の領地に引っ越そうと思っている。
……もう間もなくヒロインが登場するはずだから。
ヒロインが現れれば、否応なしにストーリーが始まるだろう。その時にルナリアに対して、どんな強制力が発動するか分からない。
今は『可愛い』と……。『愛おしい』と、言ってくれているアルフレッドの心変わりを目の当たりにするのは……分かっていても少し辛いのだ。
嫉妬に狂って戒に飲み込まれでもしたら、それこそ本末転倒である。
ルナリアは生きて幸せになる為に、ぽっちゃりになる道を選んだのだから。
アルフレッドには関わらない為の選択をしたはずだったのに……アルフレッドとの今の関係と、芽生えてしまった気持ちは全くの誤算だった。
……だからこそ、取り返しのつかない状況になる前に、アルフレッドから離れる。
そうすれば、ルナリアは戒に飲み込まれることも、殺されることもない。
アルフレッドは運命の相手と幸せになれる。
Win-Winのハッピーエンドである。
「ルーナ、どうかしたのかい?」
気付けば心配そうな色を宿した空色の瞳が、ルナリアをジッと見つめていた。
「……いいえ。何でもありませんわ」
ルナリアはギュッと手に力を込めてから、にこりと微笑んだ。
……この気持ちは永遠に蓋をする。
生きて動いている推しに会えただけで幸せだったのだ。これ以上の高望みはしない。
悪役令嬢は潔く退場するべきなのだから……。
「……本当に?」
空色の瞳が訝しげそうに細められた。
「ふふっ。アルフレッド様は心配性ですわね」
ルナリアはアルフレッドの片腕に、自らの両手を絡めた。
「そんなに
「当たり前だろう。私の
アルフレッドは拒むことなく受け入れただけでなく、ルナリアの額に口付けを落とした。
ヒロインが無邪気にやることを参考にしてみたのだが……恥ずかしいような、むず痒いような複雑な気持ちになる。
だが、ここはぐっと堪えるところだ。
「私はいつも君だけのことを考えているからね」
「まあ、アルフレッド様ったら」
絡めた腕に頬を擦り寄せて笑うと、
「顔が強張っているよ?」
アルフレッドは楽しそうな声でルナリアの耳元に囁いた。
……そんなの分かっています。慣れていないだけですもの。
ルナリアはアルフレッドの腕を
腕を抓られたアルフレッドは、声を上げることも、動じることもなく、ただ瞳を細めて微笑んでいる。
……まるで想定内だと言わんばかりに。
余裕のあるアルフレッドに微かな苛立ちを覚えるが、そんな場合ではない。
――これが今日の作戦の内の一つなのだから。
「どうしたら私の愛を信じてくれるのだろうか?愛しい人よ。君は気まぐれで可愛い仔猫のように私を翻弄する」
アルフレッドは腹黒狸親父共の前で、公然とルナリアに愛を囁やき続ける。
息を吐くように自然に愛の言葉を口にするアルフレッドを真似るのは、ルナリアには正直きつい……。
だが、ルナリアとアルフレッドはバカップルっぷりを見せつけておく必要があるのだ。
こちらに目を集中させておくことで、ルナリアの兄のキースが裏で動き易くするために。
「一日中愛を囁き続けたら私の想いを信じてくれる?それとも、人目を憚らずに君の愛らしい唇に何度も口付けたら信じてくれるかい?」
いつもは塩対応ならぬ――『氷対応』のアルフレッドが、蕩けきったような甘い顔でルナリアに接している姿は、腹黒狸親父共の度肝を抜くことに成功しているらしい。
誰も彼もが気まずそうに視線をさ迷わせている。
……ルナリアもできることなら、そうしたい。
「……コホン。仲が宜しいのは結構ですが、そういうことは二人だけの時にしていただけますかな?」
咳払いをしながら言ったのは、腹黒狸親父の一人であるライオス・グレゴール神殿対策だ。
「神殿長殿は相変わらず堅いな」
ルナリアを胸に抱きながらアルフレッドは首を傾げる。
「アルフレッド殿下が変わり過ぎなのでは……っと、それよりもいつもの様に案内を開始しても宜しいかな?」
ライオスはヒクヒクと口元を引き攣らせながら微笑んだ。
「ああ。神殿長がそう言うなら仕方ない。頼む」
アルフレッドは大袈裟な程に肩を大きく竦めて見せた。
――さあ、ここからが本番だ。
気を引き締めなければならない。
ルナリアは何も言わずにアルフレッドに寄り添いながら微笑んだ。
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