第39話 神殿対策は……

第二王子のノエルに、ちょっかいを出しているのは、ライオス・グレゴール神殿長を筆頭とした腹黒狸親父共である。

彼等とノエルの接触を避けさせる為に、アルフレッドは(不本意らしいが)ノエルを連れてオルステッド公爵家に訪ねてくるようになった。


神殿長達の策略により兄弟仲に亀裂が入りかけたものの、ノエルは兄のアルフレッドが好きなのだ。

その兄の婚約者のルナリアを怪我させたことへの罪悪感はあるようだが、オルステッド公爵家への来訪に不満はないようだ。


ノエルが闇落ちしないようにする為には、コミュニケーションを円滑にしておくこと。

誰かに付け入る隙きを与えてはいけない。

アルフレッドとルナリアだけでなく、時にシェリーやレオを交えた交流が、ささくれ立っているノエルの心を癒せますようにと、ルナリアは願うが――特別なことは何もしない。

真にノエルを理解して、癒やすのはヒロインの役目だし、好きでもないルナリアから干渉されたくはないだろう。

ルナリアが、攻略対象者達に関わりたくないと思っているのと同じように……。


ノエルがオルステッド公爵家に来るようになって、発見したことがあった。

ゲーム中では曖昧に説明されていた、ノエルの『人には言えない趣味』――というものを思いがけずに知ってしまったのだ。


ヒロインしか知らなかった秘密だっただけに、ルナリアは複雑な心境になった。

ノエルは必死で誤魔化そうとしていたが、焦るあまりに自らの口で暴露してしまったのだ。

……誤爆である。

せっかくルナリアが、見て見ぬ振りをしょうとしたのに、だ。


「何度見ても惚れ惚れするような出来栄えですね」

「ええ、これはもう職人技よね」

ほうっと感嘆の溜め息を吐いたシェリーに同調するように、ルナリアは大きく頷いた。


「この辺りとか……なかなか難しいところなのにブレないしね」

「そうなんですよ!レースも繊細で綺麗ですし!」

ルナリアが縁を指差すと、シェリーが高速で何度も頷いた。二人の瞳は、レースで縁取られた白いハンカチーフに釘付けになっていた。


「止めてよ……恥ずかしい」

ノエルは真っ赤に染まった顔をツンと横に背けた。


ノエルの『人には言えない趣味』――それは、刺繍のことだった。

手先が器用なノエルは、どんなに細かい刺繍でも完璧に仕上げてしまうのだ。


「恥ずかしがることではありません!私のを見て下さい!本当に『恥ずかしい』とはコレのことですよ!?」

珍しく興奮した様子のシェリーが、自分の白いハンカチをノエルに向かって突き出した。


「え?……ああ、ええと、うん……」

突き出された白いハンカチを思わず受け取ってしまったノエルは、分かりやすく困惑していた。

刺繍が得意ではないシェリーの作品は、何をモチーフにしたのか全く分からないのだ。


「これは……個性……的な?……そうだ!個性的で良いと思うけど……?」

頑張ってフォローしようとしたようだが、最後が疑問形になってしまっている。


「では、何に見えますか?」

シェリーが更に酷な質問をした。


どう見てもスライムにしか見えないが、スライムでないことをルナリアは知っている。


「これは、スラ……んっ。なんだろう……?」

ノエルにもスライムに見えているらしい。

そのまま『スライム』と言わなかったことは褒めてあげよう。


アルフレッドならば『正解は君の心の中に……』と言って、自らの美貌で誤魔化してしまいそうだが……ノエルにその度胸はないし、そもそもシェリーには色仕掛は通じない。

剣の真っ向勝負を挑んだ方が可能性がある。


「ええと……ね、猫かな?」

ノエルが頭を抱えながら必死に捻り出した答え。


その結果は――――


「正解です!よくお分かりになりましたね!」

シェリーがパアッと表情を明るくさせた。


「う、うん!この辺りが……?とても可愛い」

ホッと安堵の溜め息を吐いたノエルが笑みを溢した。


「殿下のような刺繍の上手い方にお分かりいただけて嬉しいです!」

「ま、まあ……僕くらいになればね」

褒められて嬉しいのか、ノエルはポリっと鼻の頭を掻いた。


「では!こちらは何だと思われますか!?」

「へっ!?」

シェリーはどこから取り出したのか、四枚ものハンカチをノエルに差し出した。


「え、ええと……」

「……頑張って下さいませ」

「……!?」

先ほどまでの嬉しそうな顔は消え、顔面を蒼白にさせたノエルが、縋るようにルナリアを見てきたが、ルナリアはにこやかに笑いながら受け流した。


「ま、待って……!」

「さあ、殿下。これは何をモチーフにしたでしょうか!?」


――そんなこんなで、オルステッド公爵家での日々は平和です。



「……ルーナ。そろそろ私に構って欲しいな」

今まで黙って仕事をしていたアルフレッドがルナリアをジッと見つめていた。


……犬だ。大型犬がいる。

しゅんと垂れた耳と、ふさふさと左右に大きく揺れる尻尾の幻が見えるようだわ。

ノエルの次はこっちなのね。


苦笑いを浮かべたルナリアは、ペシペシと自分の太腿を叩くアルフレッドの方に歩いて行く。

自分の上に座れと言っているのだろうが――御免だ。

ルナリアはアルフレッドの脚ではなく、椅子を引き寄せてそこに座った。


「……ルーナは意地悪だね」

「意地悪ではありません。アルフレッド様のお身体を思いやっての行動だと思って下さいませ」

ルナリアはツンとそっぽを向いた。


……ここで甘い顔をしたら確実に『膝の上コースへご案内〜』だ。

そんなに毎日、毎日、誘導されてたまるか。


アルフレッドは気にしていないようだが……乗せられている側のルナリアはとても気を使っているのだ。自らぽっちゃりになる道を選んだが、こんな事態は想定していなかった。

軽い令嬢ならともかく、ルナリアを膝に乗せていたら痺れてしまう。


「つれないな。そこも可愛らしいのだけどね」

アルフレッドの指がルナリアの頬をぷにっと突付いた。


「そんな可愛いルナリアに、二つの朗報があるよ」

「朗報……ですか?」

「ああ。一つ目は先日、母に用意してもらったボディスーツの件だけど……」

「どうでしたか!?」

ルナリアは背けていた顔を勢いよくアルフレッドに向けた。

ルナリアの瞳なキラキラと輝いている。


「母がとても気に入ったと言っていたよ」

アルフレッドは眩しそうに瞳を細めながら、ルナリアを見た。


「それは良かったですわ!」

「宣伝は任せてくれとも言っていたよ」

「本当ですか!?では、新しい物も直ぐに用意致しますね!」

「頼んだよ」

「かしこまりました」

ルナリアは心から嬉しいと思った。


これでアルフレッドの長年の夢が叶う。

その手伝いができたことは、ルナリアの何よりの思い出になる。

……そろそろこの茶番も終わりにしなければ、

ルナリアはそっと唇を噛み締めた。



「二つ目の朗報だけど――神殿に行く日が決まったよ」

アルフレッドはルナリアの頬をゆっくりと撫でた。

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