第33話 洗脳された子供
「……ルーナ、どうしてそれを君が知っているんだい?」
「よく……気付いたな?」
ルナリアの尋ねた言葉は、アルフレッドだけでなく、キースまでも驚かせたらしい。
キースが純粋に驚いているところを見ると、ルナリアが察するには少し難しいことだったのが分かる。
――同時に、キースが転生者ではなく、ルナリアと自分の未来だけを何故か知っているのだと、不思議にも直感した瞬間でもあった。
「ええと……お兄様のお話を聞いてそう思ったのですが、違うのですか?」
ルナリアは素直に思ったことを言った。
下手に誤魔化して嘘をつき続ければ、感の良いアルフレッド達に勘付かれかねないとルナリアは思った。
だから、言い訳のように必要以上に、言葉を重ねたりはしない。
言葉を重ねれば、重ねるほどに怪しくなる。
逆に言葉が少なくても怪しくなるから……難しいところである。
「俺の話で……って、そうか!ルナリアは俺が『教育』をされていたことに自分で気付いたんだもんな」
パアッと顔を明るくしたキースは、大きく頷いた。
――カミーユの話をしている時のキースは、ずっと意味深な話し方をしていた。
関係者でなければ気付かないような、話の内容を理解していることが前提の話し方であった。
キースが洗脳を受けていたことに気付いた関係者のルナリアならば、カミーユの洗脳を疑ってもおかしくない――と、ルナリアは考えたのだが……。
キースの洗脳が昔に終わっていたのに対して、未だに洗脳されている節のあるカミーユに驚いた故の発言が、こんなにもルナリアの頭の中を悩ませることになるなんて、思いもよらなかった。
「ルナリアは我が妹ながら、怖いくらいに敏いな」
キースは兄の欲目のお陰で、上手く誤魔化されてくれたようだが……アルフレッドはそうはいかない。
「……ルーナ。一つ、良いかな」
……きた。
ルナリアはグッと奥歯をかみ締めた。
アルフレッドに動揺を悟られてはいけない。
チョロいキースとは違って、アルフレッドはルナリアの話を聞きながら、ずっと難しい顔で何かを思案していたのだ。
「何でしょうか?」
ルナリアはキョトンとした顔で首を傾げた。
――内心では冷や汗がダラダラ流れている。
「オルステッド公爵夫妻という優しい両親の元で生まれ育ってきた君が、『実の親が子供を洗脳しようとしている』だなんて、どうして思えるんだい?」
『前世の記憶があるからです』
――とは流石に言えない。
前世では、『親が子を』、『子が親を』……人とは思わずに、搾取するためだけの道具として扱っていた事件をたくさん目にした。
この世界では幸いなことに、優しい両親の元に生まれて、何不自由もない生活を送ってきたルナリアだが、オルステッド公爵家に生まれたからこそ、目や耳にしてきたことも多かった。
……普通の令嬢ならば、邸の敷地内で浚われそうになることだってなかったはずだ。
シェリーのように性別で差別をされて生きる意味を失った女性から、政治の道具にするだけに育てられた女性達や。『女には何をしても良い』という最低な夫から逃げてきた女性もいた。
アルフレッド公爵家に生まれた者として、ルナリアには彼女達を心から慈しみ、最後まで守り抜く責任があるのだ。
「アルフレッド様はお忘れですの?我がオルステッド家の大事な家族である侍女達のことを。私が知らないはずがありませんし、忘れることも有り得ませんわ」
「それは勿論知っている。知っている上で聞いたんだ」
アルフレッド何かを試していることには気付いていた。
それもそのはずだ。アルフレッドからすれば……今日のルナリアは不審なところが多すぎる。もしかしたら、信用に足りる人物かを見極めようとしているのかもしれない。
ルナリアはアルフレッドを疑っていて、アルフレッドはルナリアを疑っているなんて……ある意味お似合いだ。
だからこそ、純粋で裏表のない可愛いヒロインに惹かれるのだ。
小賢しいルナリアなんかではなく……。
ルナリアの胸がチクリと傷んだが、敢えて無視をする。
こんなこと始めから分かりきっていることだ。……それ故に自問自答してしまうのだが。
「世の中には綺麗事だけが溢れているわけではありません。綺麗な世界の裏には、汚い世界が隠されている。実の子供に洗脳を――と、疑いたい気持ちは私にだってありますが、魔術使いを手中に収めようとしている神殿長ならば、やりかねないと――お話を聞いていて思ったのですが……私は何か間違っていますか?」
美月の記憶のせいでゲーム上での常識と、今の常識がごちゃまぜになってしまっている。今後は余計なことを言わないようにもっと気を付けなければいけない。
「いや、完璧な答えだった」
アルフレッドは満足そうな顔で笑った。
……試験は終わりのようだ。
ホッと心を撫で下ろした矢先に――ボロボロと涙を溢れさせるカミーユの姿が目に飛び込んできた。
あの、カミーユの泣き顔!?
あまりの衝撃に、ルナリアは瞳を見開いた。
「うっ……ふっ……」
白いローブの下の方をギュッと握り締めながら、まるで子供のように涙を溢れさせているカミーユに、ルナリアだけでなく、アルフレッドとキースも動揺していた。
ゲームの中でカミーユが泣いているシーンはあったが、その泣き顔を見たことはなかった。カミーユが泣く時は、ヒロインの腕の中だけで、プレイヤーからはその顔が見えなかったのだ。
ヒロインの特権たる光景を偶然にも悪役令嬢が見てしまっているという……罪悪感のようなものがルナリアの胸を占めていた。
推しならば『ご馳走様でした!』と言えるが、苦手なカミーユでは申し訳なさが勝ってしまう。
「何で急に泣き出したんだ?」
「あー、カミーユは、洗脳が上手くいかない体質らしくて、時々こうして情緒が不安定になるんだよな」
キースは気まずそうに頭を掻いた。
『……何とかならないのですか?』という言葉は寸前で飲み込んだ。
そんなことを言われたら、悲しむのはキースだ。
ルナリアにはそんなことを言う資格がそもそもない。
キースがカミーユの洗脳を止めたりしたら、キースが真っ先に疑われる。
それでなくともカミーユは神殿長の息子だ。
目的のために洗脳されているフリをしているキースにはリスクしかない。
――キースの話からすると、カミーユが情緒不安定になるのは、洗脳状態に抗っているからだろうと想像ができる。洗脳されたくないと心が必死に叫んでいるのだろう。
「中途半端にされているこの状態が正直一番キツいんだよなー」
キースはカミーユを見つめながら、口元を歪めた。
「完全に洗脳されたら、何も考えずに済むから楽にはなるんだろうけど……それもな……」
洗脳の辛さを経験していて、仲間が洗脳されていくのを止めることもできずに見ているしかないキースはきっと誰よりも辛い。……助けたいと思っているはずだ。
ゲームの中ではヒロインの聖なる力の助けがあって、洗脳状態が解けたのだ。
何の力も持たないルナリアにできることはない。
それなのに――。
子供のように泣くカミーユの姿は、ルナリアの神経を簡単に麻痺させてしまったらしい。
「ルーナ!」
シェーズロングソファーから足を下ろしたルナリアは、アルフレッドの制止の声も聞かずに、カミーユの元に駆け出した。
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