第32話 キースの拾いもの

「……何をしているんだ?」

 呆然としたようなキースの声に、ルナリアは瞳を開けた。


 待ち侘びた助けではあるが……。


 シェーズロングソファーに押し倒されたルナリアの上にはアルフレッドが乗っていて、そのアルフレッドの胸元にはルナリアの手が無理矢理に触れさせられている。


 ……疚しいことは何もしていないが、こんな姿を兄には見られたくなかった。


「チッ」

 舌打ちをしたアルフレッドは、ルナリアの上のから身体を退けた。


「何しに戻って来た」

「三十分で戻って来るって言っただろうが!それよりも、不埒なことすんなって言っただろ!!」

「……空気読めよ」

「お前がな!?」


 チラリと時計を見ると、確かに三十分が経っていた。


 ――アルフレッドのせいで時間のことなんて全く忘れてしまっていた。

 たった三十分のことだったのに、とても濃く長い時間だった………………。

 ルナリアは深い溜め息を吐いた。



「ルナリア!大丈夫か!?」

 キースはルナリアの元に駆け寄って来た。


 ……そんなに心配そうにするなら、どうして二人きりにしたのですか、と。


 喉元まで言葉が出かかったが、言葉には出さずに、睨むだけに留めた。

 キースが一緒だったならルナリアはあんな目には合わなかったはずなのだ。

 心の中に沸々とした怒りが湧いてくる。


「……ごめん、俺が悪かった」

 そんな捨てられた仔犬のような顔をされても駄目だ。


「取り敢えず、わたくしには近付かないで下さい」

「ルナリア〜……」

 ルナリアは、泣きそうな顔のキースからプイッと顔を背けた。


 八つ当たりかもしれないが、キースに下手に触られでもしたら、またアルフレッドに消毒されるのが目に見えている。それだけは是が非でも避けたい。

 ……とても怖かったのだから。


 しょんぼりと肩を落とするキースとは反対に、ルナリアの態度に気を良くしたアルフレッドは、にこやかな笑みを浮かべながら、ルナリアの横に座った。


 アルフレッドは上機嫌な様子で、ルナリアの髪を一房掬い取って口付けた。


 先ほどの消毒で懲りたルナリアは、アルフレッドにされるがままになる。

 キースがいれば行為がエスカレートすることはないだろうし、せいぜいスキンシップ程度だろうと思っているからだ。

 このくらいで機嫌が治ってくれるなら、我慢する。


「さて。キースが戻って来たから今後の話をしようか」

 アルフレッドがそう切り出すと、今までしょんぼりしていたキースがハッと顔を上げて口を開いた。


「あ、ちょっと待ってくれ」

 妹に拒絶されて悲しんだ顔をしていたキースは既になく、仕事モードの真面目な顔をしたキースがいた。


 真面目にしていれば、こんなにも格好良いお兄様なのに……。

 キースの切り替えの早さにルナリアは素直に驚いた。


「さっき少しだけ神殿に戻ったんだけど、そこでコイツを拾ったんだ」

 キースがスッと身体を横に滑らせると、今までキースが立っていたすぐ後ろ辺りに、白いローブを目深に羽織った人物がいた。


 ……嫌な予感がする。

 というよりも嫌な予感しかしない。


 キースも身に着けている白いローブは、魔術使いか神殿の関係者しか着用のできない物だ。

 キースは神殿内では、洗脳されているフリをしているというし、他の魔術使いも洗脳されてしまっている。

 信用できる神殿関係者がいるなんても聞いていない。

 この状況でキースが連れて来るとしたら、一人しかいないとルナリアは思い当たってしまった。


「キース、待て。拾ったって……そいつはまさか」

 アルフレッドも気付いたようだ。


「ああ。そのまさかだよ」


 赤みがかった瞳に白銀色の髪。

 腰まで伸ばした白銀色の髪を後ろで一つに束ねた美青年。――神殿長の息子であり、優秀な魔術使いの『カミーユ・グレゴール』だと。


 カミーユは、目深に被ったローブを落とすと、ペコリと頭を下げた。


 ……本物のカミーユが目の前にいる。

 そう思うだけでルナリアの手が震えそうになる。


 ゲームの中での、にこやかな笑みを浮かべているカミーユはそこにはおらず、ただただ無表情で虚ろな瞳をしたカミーユが立っている。

 カミーユが苦手な美月は、今の状況が怖くて堪らなかった。


 近くにいるアルフレッドの袖をそっと掴んでしまったのは、不可抗力だ。


「ルーナ。どうした?」

 心配そうな声がしたが、ルナリアは上手く答えられずに、ただ首を横に触った。


 ……何ていうものを拾ってきたのだ。

 今のルナリアにカミーユが興味を示すはずがないと思っているが……怖いものは怖い。


 無意識にアルフレッドの袖を掴む手に力を込めると、何かを察したアルフレッドは、カミーユからの視線を遮る位置まで身体を動かして、ルナリアを隠してくれた。

 完全に隠れたわけではないが、アルフレッドの気遣いに、ルナリアの胸が熱くなった。


「ありがとうございます」

 アルフレッドの近くでこっそりと告げると、アルフレッドはどういたしましてと言うように微笑んだ。


「それで、どうしたんだ?」

「いつもにこやかに笑っているカミーユの様子がおかしくてな」

「様子がおかしいって、連れて来て大丈夫だったのか?」

「勿論だ。抜かりはない」 


 神殿に戻ったキースは、たまたま部屋の近くの廊下で偶然にもカミーユとすれ違ったらしい。


 胡散臭いにこやかな笑みを浮かべるでなく、虚ろな眼差しでフラフラと歩いている様はとても異様で、そのまま放っておくことができず、カミーユに付き添うフリをして一緒に部屋の中に入り、ベッドの中にカミーユそっくりのもの置いてから、一緒に飛んで来たのだそうだ。


「あれなら数時間は怪しまれずに済むし……には何もしないから放っておくはずだ」

 キースの微妙な言い方に、ルナリアは疑問を覚えた。


 ……まさか。

「グレゴール様は洗脳を受けているのですか?」

 気付いた時には、思わずそう尋ねていた。

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