第30話 裏切り者……!
「…………お兄様」
「どうした?」
ルナリアが何度かキースの袖を引くと、キースは蕩けるような甘い笑みを浮かべた。
――『どうした?』ではない。
この状況に、気付いていない兄が怖いとルナリアは思う。
……いや、気付いていないわけではないようだ。
時折見せる、勝ち誇ったようなキースの眼差しは、確実にアルフレッドを見ているのだ。
その度に、アルフレッドの纏う空気が、ドス黒さを増しているように感じるのは……きっと、ルナリアの気のせいなんかじゃない。
……このまま気絶してしまえたら、どんなに楽だろうか。
気丈なルナリアは、余程のことでなければそんな状況にならない。
ルナリアは頭を抱えたくなった。
一歩前進するのに、かなりの労力を使っている気がする。
今の状況だって、ルナリアがどうにかしなければならないのだから……。
「そろそろ、離して下さ――」
「キース」
ルナリアの言葉を遮ったアルフレッドは、ルナリアを見ながら微笑んでいる。
……そう。キースではなく、ルナリアを見て。
キースの名前を呼んでいるのに、ルナリアを見ているという矛盾は、なかなかに胃にくる。
「何でしょうか?アルフレッド殿下」
ルナリアの胃痛を知らないキースは、ニヤニヤとした人の悪い笑みを浮かべながら、敢えて丁寧な言葉でそう言うと、ルナリアを抱く腕に力を込めた。
アルフレッドのこめかみがヒクリと引きつったのが見えた。
挑発しないで……!
ルナリアは、心の底からそう叫びたかった。
アルフレッドの空色の瞳は徐々に色を無くし、ひんやりと冷たい氷のようにも見える。
……まずい。
ルナリアの本能が、『このままでは危険』だと、警鐘を鳴らしている。
何が危険って、一番危険なのは動けないルナリアだ。
無理をすれば動けなくはないが、リスクがあり過ぎる。
ルナリアは自分に抱き着いたままのキースを無理矢理に引き剥がすことに決めたのだが――
「お兄様、いい加減にして下さ…………っ!?」
キースの腕に触れようとしたルナリアの手は、ひんやりと冷たい手に掴まれた。
――少し遅かった。
思わず叫びそうになったが、寸前でどうにか堪えた。
「……キース、暫く消えろ」
「はあ?」
スッと瞳を細めるアルフレッドを、キースはふんと鼻で笑う。
だが……、
「こ、これは……!」
アルフレッドから本のような物を手渡されると、キースは瞳を大きく見開きながら言葉を失った。
「分かったか?」
アルフレッドの言葉に、キースは首がもぎれてしまいそうな勢いでブンブンと縦に大きく頷いた。
キースの変わり身の早さに、ルナリアは呆然としていた。
……何がどうしたら、そんなに従順になれるのか。
「じゃあ、そういうことで!」
アルフレッドから受け取った本のような物を大事に胸に抱えたキースは、満面の笑みを浮かべたまま、あっという間に音もなく消えて去った。
「ちょ……!?」
ルナリアは咄嗟に、今までキースが居た場所に手を伸ばしたが、既に掴めるものは何もない。
この状態で満足に動けない妹を一人残すとか……お兄様は鬼なの!?
アルフレッドは、一体何を渡したのだろうか。
キースがあんなに簡単にいなくなってしまうような物だ。……ルナリア的には、とても嫌な予感しかしなかった。
……アルフレッドには怖くて聞けない。
ルナリアのすぐ横には、笑顔のアルフレッドがルナリアを真っ直ぐに見つめていた。
……だ、誰か助けて……!
「あ、三十分以内に戻って来るからな。不埒なことは絶対にすんなよ!?」
どこからともなくなく現れたキースは、ぽっかりと空いた穴から顔だけを覗かせた。
「お兄様……!」
ルナリアはキースに助けを求めたが、何故かキースは生暖かい笑みを浮かべながら首を横に振った。
……え?
「チッ。さっさと行け」
「へいへい。んじゃ、また後でな!」
アルフレッドに舌打ちをされたキースは、肩を竦めると、穴の中に顔を戻した。
……本当に言ってしまうの!?
あっさりと消えて行ったキースと、この場に残されたルナリア。
「やっと二人きりになれたね」
……何ということでしょう。
ルナリアは実の兄に売られてしまったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。