第29話 神殿の闇②
「……お兄様も……洗脳を受けたのですね……」
幼い頃に離れ離れになった兄が、洗脳されていたことを、ルナリアは今までずっと知らなかった。
神殿に保護されて安全に生活をしているのだと思っていた。
……実の息子を洗脳するような親がいる神殿だったのに。
今なら、墓標を見下ろしていた白いローブ姿の
キースは何らかの形で、妹の死の理由を聞いていたはずだ。
婚約者を取られて嫉妬に狂った挙げ句に、戒に飲み込まれて、やむを得ずに殺されたような妹を……果たして、悼むだろうか?
『自業自得』だと、『愚か』だと切り捨ててしまいたくなるだろう。
ルナリアは心臓の辺りをギュッと押さえた。
久し振りに会った兄は、とても明るくて優しかった。この短時間で、ルナリアに甘いことも知った。
キースに失望されることを想像しただけで、ルナリアの胸は張り裂けそうなほどに痛んだ。本当に失望されてしまったら……ショックで心臓が止まってしまうかもしれない。
美月の記憶がなかったら、キースが洗脳されていたなんて、きっと死ぬまで気付かなかった。
兄が大変な目に遭っている時に、ルナリアは両親を始めとした優しい人達に囲まれてぬくぬくと生きていたのだと思うと、やり切れない思いが込み上げてくる。
――無知とはこんなにの罪深いことなのかと、ルナリアの心は無力感の他に、罪悪感にも襲われていた。
「ルナリア……泣かないでくれ」
キースの指が、ルナリアの目尻をそっと撫でた。
いつの間にかルナリアの瞳からは、ポロポロと涙が溢れていた。泣くつもりはなかったのに、次から次へと流れてきて、止まらない。
「あーあ。一生言うつもりなかったのに……。さっきの不意打ちは卑怯だぞ」
キースは困ったように笑いながら、何度も何度も優しく涙を拭ってくれる。
「お前が泣くことじゃないだろ?」
「だって……お兄様はずっと……」
すっと大変だったのはキースの方で、ルナリアではない。こんな風に困らせるつもりもなかった。
キースには、何も知らなかったルナリアを咎める権利だって、
「お前は悪くない」
それなのにキースは、そう言って微笑みかけてくれるのだ。
「確かに神殿から特別な教育を受けていた。悪いのは神殿であって、俺やルナリアのせいじゃない。だからお前が自分を責める必要はないんだ」
「お兄……さま…」
「お前を救うためなら、俺はどんなことだってやってみせるよ」
キースはニカッと白い歯を覗かせながら笑った。
どこまでも優しいキースに、ルナリアはまた涙が溢れてしまう。
……私はなんて弱いのかしら。
ルナリアは、信じたいと思ったはずのキースの心を疑ってしまったのだ。
キースが転生者であろうがなかろうが、ルナリアの兄をであることには変わりない。
大切なのは、その心だと言うのに。
――詳しく話してはくれないが、本当はもっと大変だったはずだ。あまりに辛い環境に泣いたはずだ。……誰かを恨んだことも。
些細なことに囚われて、すぐに周りを見失ってしまうのは、私の悪い癖なのかもしれない……。
「だから泣くなって。俺だって、ただやられっぱなしになるつもりはないんだからな」
ルナリアの頭にポンと手を乗せたキースは、不敵な笑みを浮かべた。
「お前も掃除には強力してくれるんだろう?」
「も、勿論ですわ!」
ルナリアは食い気味に返事をした。
兄を傷付けた奴等を放っておけるほどお人好しではない。
『やられた分はやり返す』
アルフレッドの時もそうだった。
やられっぱなしはルナリアの性にも合わない。
――アルフレッドが言っていた『似ている』ところは、こういうところなのかもしれないと、ルナリアは思った。
「ぎゃふんと言わせてやりますわ!」
「あははっ!頼もしい妹だよ、お前は」
キースは瞳を細めて笑いながら、ルナリアを抱き寄せた。
「……ありがとう、ルナリア。お前が必死で抗っているのと同じように……俺も頑張るから」
キースはルナリアの頭に頬を擦り寄せた。
「俺はお前の味方だよ」
「お兄様……!」
ルナリアは上半身を反転させてキースに抱き着いた。
シェリーに続いて、優しくて頼もしい味方がまた一人増えた。
洗脳なんて悪いことをする狸親父共は、この際に一掃しよう。
兄達と一緒ならばきっとできる。
だが……その前に……。
恨めしそうな顔でこちらを見ているアルフレッドを、どうにかする必要がありそうだ……。
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