第28話 神殿の闇①

「ルナリア……今、何て?」

 キースが狼狽えたように手を彷徨わせている。


 ……聞き取りにくかったのだろうか。


 ルナリアはコホンと咳払いをして、喉の調子を整えてから、

「では、お兄様、アルフレッド様。腹黒狸親父共の話を教えて下さいませ」

 先ほどと同じことをもう一度言った。


「腹黒狸親父共……って、ルナリアがそんな言葉を使うなんて」

「……キース、明らかにお前のせいだろう?」

 キースとアルフレッドが何故か動揺している。


「お前の口の悪さが、ルーナに伝染ってしまったじゃないか!」

「不可抗力だろ!?お前は俺の口の悪さの理由を分かっているはずだろうが!」

「分かってはいるが、状況を考え――」

「お兄様も、アルフレッド様もお止め下さい」


 ルナリアは、アルフレッド達の言葉を遮った。


 このままだと長くなる。確実に。

 この場の主導権はルナリアが握るのだ。


 確かにルナリアの発言は、公爵令嬢としてはしたなかったかもしれない。

 ……でも、問題はそこではない。


 ルナリアはニコリと微笑んだ。


「私の口の悪さなんて、どうでもよろしいでしょう?もし、このまま誤魔化そうとしているのであれば……」

「話すよ!話すからちょっと待ってくれ!」

 ルナリアが瞳を細めながらチラリと二人を見ると、キースが慌てながら、ルナリアの方に身を乗り出してきた。


「…………本当ですわね?」

「ああ、本当だ」

 キースが頷くのに合わせて、アルフレッドまで大きく首を振っている。


 主導権がルナリアのものであり、尚且、きちんと説明をしてくれるのであれば、ルナリアに文句はない。

 説明するにも心の準備が必要だろうと、ルナリアは細めた瞳を弛めた。


 ――『主導権』に拘るあまり、邪悪な悪役令嬢顔になっていたことに、ルナリアは気付いていない。

 いつもは穏やかな方のルナリアの変化に、キースやアルフレッドが戸惑っていることにも……。



「ノエル殿下にちょっかいを出している腹黒狸親父の筆頭は……神殿長だ」

「神殿長って……ライオス・グレゴール神殿長ですわよね?」

 ルナリアはパチパチと瞳を瞬いた。


「ああ、そうだ。よく知っているな」

 キースは不快そうに顔を歪めた。

 そんな風に嫌そうな顔をするということは、キースはライオス神殿長が嫌いなのだろう。



 ――ルナリアが、神殿長を知らないはずがない。


 アリシテーニア王国のライオス・グレゴールと言えば、【愛の連鎖】の攻略対象者である『カミーユ・グレゴール』の父親として有名だから。


 聖女召喚された異世界の主人公ヒロインが、五人の攻略対象者達と共に、人々の負の感情から生まれる『かい』という黒いモヤを浄化しながら世界を巡る旅に――カミーユがいる。


 神殿長の息子であり、優秀な魔術使いの『カミーユ・グレゴール』。

 赤みがかった瞳に白銀色の髪。

 腰まで伸ばした白銀色の髪を後ろで一つに束ね、金色の縁のある白いローブを身に纏っているカミーユは、攻撃魔術だけでなく、治癒魔術にも優れている。

 いつもにこやかな笑みを浮かべているカミーユは、如何にも先の細い『優しい魔術使い』といった風貌の美青年だが……口を開けば、毒舌という二面性のあるキャラクターだった。


 そんなカミーユに、笑顔で蔑まれたいというファンもかなりいたが……美月は苦手だった。

 笑顔から真顔になる瞬間のカミーユが狂気じみていて、とても怖かったのだ。

 恐る恐るプレイをしていたせいで、カミーユルートは、何度バッドエンドを迎えたか分からない。


 清潔な白い部屋の中で、幸せそうな顔でヒロインの口元に『あーんして』と、スプーンを差し出すカミーユ。

 ヒロインは瞳閉じて口を開くのだが……チラリと映り込んだ足元には、頑丈そうな足枷がはめられている――というメリーバッドエンドには、ゾクリと鳥肌が立った。

『ヒロインを監禁&洗脳してるじゃないか!』と。


 カミーユのルートには『洗脳』が付きもので……実の父親から洗脳を受けていたカミーユは、魔術使いが故に神殿に良いように使われていたが、ヒロインとの真実の愛によって洗脳が解かれ、戒に飲み込まれていた父親を倒す――というのがハッピーエンドである。


 何と、カミーユのルートだけ、ルナリアがラスボスにはならないのだ!

 聖女ヒロインに嫌がらせをした罪で修道院送りにはなるが、死ぬことはない。


 ルナリアの今後を考えれば、ヒロインとカミーユをくっ付けてしまえば良いのだろうけど、美月的にカミーユには関わりたくないので、この案は却下なのである。


 カミーユは、『魔術使い』という稀有な存在であるために、神殿長の実の息子でありながら洗脳を受けていた。


 ……では、カミーユと同じ魔術使いのお兄様は?

 ふと、ルナリアの中に疑問が生まれた。


 実の息子を洗脳するような人が、神殿に保護された人々を洗脳しないだなんてことがあるのかしら?


 ルナリアは口元に当てていた指を無意識に噛んだ。


 例え保護されていたとしても、家族にも会えないたなんておかしなことだ。三ヶ月に一度の手紙だって不自然すぎる。秘密結社に所属しているわけでもないのに、だ。


 ――先ほど、アルフレッドは言った。

『神殿には、神の教えに従う敬虔な信徒達が数多くいる。彼等は神に忠誠を誓うが……王家には忠誠を誓わない。強大な魔力を秘めた魔術使い達を使って反乱を起こすことも有り得る。だから、王や王の後継者は訪問という名目で、定期的に監視に行くんだ』と。


 神殿は魔術使い達を『保護』という名目で自分達の元に集め、万全に洗脳を施した上で、来たるべき時を待っているのだろう。

 王はそれが分かっているから監視をしているのだ。


「……少し、気になる噂を耳にしたのですが……」

 ルナリアは小さく唾を飲み込んだ後に、努めて冷静を装いながら口を開いた。


「噂?」

「ええ。神殿が『魔術使いを洗脳している』という噂ですわ。お兄様とアルフレッド様はご存知でしたか?」


 ルナリアがコテンと首を傾げると、二人を纏う空気がピリッと張り詰めたのを感じた。


 ……やっぱり。

 ルナリアは確信した。


 そして同時に、ルナリアの心は無力感に襲われた。

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