第27話 今後のために⑥

「……コホン。すまない。少し取り乱してしまった。妹に会えたのが嬉しくて、つい」

 シェーズロングソファに横になっているルナリアの左横に、新たに置かれた椅子に座り直したキースは、真っ赤な顔で咳払いをした。

 因みに、アルフレッドもまた右横に置かれた椅子に座っている。


 ――アルフレッドと言えば……、

 キースが受け取っていたルナリアの姿絵は、どこからともなく取り出した袋に、吸い込まれるようにして消えていった。

 異世界小説によくあるマジックバッグのような物だろう。初めて見た。


 先ほどまでのキースの言動は、『少し取り乱した』なんて可愛いレベルではなかったと思ったが、ルナリアは敢えて突っ込まなかった。


 この場においての主導権は、ルナリアが握っておくべきだと、この短時間で学習したからだ。

 キースやアルフレッドに任せていたら、話が始まらないどころか、また有耶無耶にされ兼ねない。

 仏の顔も三度まで――とは言うが、流石に三度まで待っていられない。


 さっさと腹の黒い狸親父の正体とやらを知りたいところだが……その前にキースには聞いておきたいことがある。


「……お兄様。一つ、お聞きしてもよろしいでしようか?」

「ルナリアからの質問なら、幾らでも答えるよ」

 ルナリアが上目遣いに尋ねると、キースはにこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。それでは……その……」

 ルナリアは気持ちを落ち着かせるために、一度深呼吸をした。


「……わたくしの姿をお兄様は咎めないのですね」

 どうしても気になってしまうのなら、いっそのこと聞いてしまおうと思ったのだ。


 未来を変えるために、ぽっちゃり姿になることに決めたのはルナリアだ。

 誰に何を言われても気にしない。


 ……だが、久し振りに会った家族――兄はどうだろうか。


 美月の記憶があっても、ルナリアとしての記憶はきちんと残っている。


 キースが神殿に保護されることになった日、ルナリアは大号泣した。

 兄の乗せられた馬車が見えなくなっても暫く泣き続けるほどに、ルナリアは明るくて優しい兄が大好きだった。


「何だ。そんなことか」

 キースはルナリアの頭にポンと手を乗せながら安心したような顔をした。


「……他に何かありますの?」

「『アルフレッド殿下が好きだから結婚したいと思ってるー』って言われると思った」

「ふふっ。何ですかそれは」

「一番聞きたくない言葉だ」

 苦虫を噛み潰したようなキースの顔に、ルナリアは思わず笑ってしまう。


「いや、結婚はするから」

「お前は黙って空気読んどけ!」

 真面目な顔で言ったアルフレッドの言葉に、キースがすぐに噛み付いた。


 ……まるで犬と猫のようだ。

 犬がアルフレッドで猫がキースである。


「あー、もう!せっかくルナリアと真面目な話してんのに……」

 キースは前髪をグシャッとかき上げた。


 そのまま大きな溜め息を吐いたキースは、真剣な顔をルナリアに向けてきた。


 その顔があの白いローブ姿の男に重なって、ドキっと心臓が跳ねた。


 ……兄は一体何を言おうとしているのだろうか。

 胸の辺りがざわざわして落ち着かない気分になる。


 キースはルナリアに近付いて、耳元で囁いた。


「俺はお前が何かに抗おうとしているのを知っている。……ずっと見てきたから」

「それは……!」

 ルナリアは耳元を押さえながら瞳を見引いた。


「流石に俺もその理由までは分かってないけどな。……でも、無理に理由を言わなくて良い」

「お兄様……」


 ……どうして離れて暮らしている兄に分かったのか。

 思いがけないキースの言葉にルナリアは動揺した。

 本当に知っているのか、カマをかけられているのか……ルナリアには判断できなかった。


「俺がお前に失望することはない。どんな姿になろうが、関係なく愛してる。俺はルナリアの味方だからな」

 キースはルナリアの額と自分の額をコツンと合わせた。


「まあ、俺は鶏ガラのような女より、ぽっちゃりしてるルナリアの方が断然可愛いと思ってるけどな!」

 キースはニカッと白い歯を見せながら笑った。


「つーことで、『ルナリアと結婚する』とか言っておきながら、他の女に手を出してルナリアを裏切るなんて、最低なことをしたら……殺すぞ?」

 キースはジロリとアルフレッドを睨み付けた。


「……お前達は、さっきから何の話をしているんだ」

 アルフレッドは眉間にシワを寄せた怪訝そうな顔をしている。


「他の女に心を移すようなクソ害虫は、知らなくても良いことだ!」

「私がルーナ以外を愛するわけがないだろう」

「はっ!どうだかな」

 キースは冷ややかな空気を纏ったアルフレッドを挑発するように顔を近付けた。


 一触即発の雰囲気であるが――そんな中、ルナリアは確信した。


 ……まさか。

 でも……有り得ないことではない。

 理由は分からないが、兄はゲームの結末を知っている。

 ルナリアの最期を知らなければ、あんな風に的確な言葉が続かないはずだ。


 ――キースは転生者なのだろうか?

 知りたいけど、怖い……。

 自分と同じ転生者なら色々聞きたいことがある。

 でも、違ったら……?


 ルナリアはギュッと唇を噛んだ。

 瞳を閉じて、ゆっくりと何度も深呼吸を繰り返す。


 ……焦る必要はない。

 キースは……兄は言ってくれたじゃないか。


『俺がお前に失望することはない。どんな姿になろうが、関係なく愛してる。俺はルナリアの味方だからな』――と。


 今はその言葉を信じよう。……信じたい。

 あの時の兄の瞳は本心だと思えるから。


 兄とは違って、私ができる抵抗なんて微々たるもので、本当にシナリオが変えられるかなんて分からないのが、正直なところだ。

 だけど私は、今の私ができることをするだけ。


 ――私を信用してくれている兄の期待に応えるために。



「では、お兄様、アルフレッド様。腹黒狸親父共の話を教えて下さいませ」

 ルナリアはにっこりと微笑んだ。

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