第26話 今後のために➄
「……キース。私にそんなこと言って、後悔しないな?」
アルフレッドが静かに呟いた。
「あ”?」
「後悔しないんだな?」
「あ、ああ……」
念を押したようなアルフレッドの言い方に、キースが少し怯んだのが分かった。
「じゃあ、とっておきのルナリアの――」
「ま、待て!それは駄目だ!」
「後悔しないんだろう?」
「ソレとコレとは話が別だ……!」
「いや、違わないな」
ルナリアを挟んだ状態で、慌てるキースを瞳を細めながら見ていたアルフレッドは、にやりと口角を歪ませた。
……ちょっと待って。
アルフレッドとキースは何の話をしているの?
ほんの少し前まではキースがルナリア側に立って、アルフレッドを糾弾し始めていなかった?
『うるせーよ!お前もいい加減に覚悟を決めろ!……可愛い妹を泣かせるのは俺の本意じゃない』――こんな格好いいことを言った兄は今――――
「俺が悪かった!だから、それだけは勘弁してくれ!!」
アルフレッドに土下座しそうな勢いで謝っている。
「どうしようかなぁ……」
「俺が悪かったから……!」
「んー」
「お・れ・が・!悪かったです!!」
頼もしい兄にキュンとした妹の気持ちを返して……。
王子に必死で頭を下げる兄の姿を妹は見たくありません。
「ルーナ。私は君の気持ちを軽んじたつもりではなかったんだ。信じてくれ」
アルフレッドは真剣な眼差しでルナリアを見つめてきた。
「アルフレッド様……」
もうね……本当にチョロいと思っているよ。何が?って、自分が。
推しに真面目な顔で謝られたら、すぐに許してしまいそうになる。
チョロい、チョロすぎる。手の平の上で転がされすぎだ。
……それでは駄目なことは分かっている。
だからこそルナリアは、シナリオの改変をして逃げようとしているのだから……。
だが、まずは……。
「アルフレッド殿下ぁぁ!許して下さいぃぃぃ!」
「…………アルフレッド様。お兄様をどうにかして下さいませんか?」
ルナリアは溜息を吐きながら、頭を抱えた。
********
「うへへへっ」
ルナリアの姿絵を手にしたキースは、だらしのない顔で笑っている。
いつの間にルナリアの姿絵を描かせていたのか。
しかも、わりと最近の物なのが、ルナリアのドレスの柄で分かる。
あれはアルフレッドが用意してくれた物だったと思っていたのだが……
「俺が選んだドレス姿の……ルナリア……可愛い」
……なんと、あのドレスの送り主が兄であったことが思いがけずに判明した。
黒地に紫色の花柄というシックなデザインは、ルナリアのぽっちゃり体型にも合っていて、とても好きだったのだが、兄が贈ってくれたと知った今は……少し着るのが怖い。自分と同じ色彩のドレスを実の妹に贈る兄は、なかなかにサイコパスだ。
そういうのは自分の婚約者にでもして欲しい。
他にも同じ様な色彩の小物やドレスがあった気がするが……考えたら駄目だ。
それよりも――
「私の姿絵を勝手にお兄様に渡していたのですね」
通りでぽっちゃりになった妹を見ても驚かなかったはずだ。
何故なら兄はソレを知っていたのだから。
しかも……
「私の情報を対価にお兄様を操っていらっしゃいませんでしたか?」
唯一、許されていた三ヶ月に一度の手紙のやり取りで、ルナリアが教えてもいないことをキースが知っていたことも、アルフレッドが情報を流していたなら全てに説明がつく。
「姿絵はともかく、私が流した情報は必要最低限のものだけだよ」
アルフレッドは余計なことは言わずににこりと微笑んだ。
胡散臭い笑顔以上に、意味深な言い方だ。
「アルフレッド様。それはどういうことですの?」
「兄とはいえ、私が他の男にルーナの情報を与えるわけがないじゃないか」
「え……?それでは……」
「キースの能力だとしか言えない。本人が目の前にいるのだから直接聞いてごらんよ」
アルフレッドは、これ以上答えてくれるつもりはないらしい。
黒さの増した笑顔が物語っている。
――ルナリアはアルフレッドから聞き出すことを諦めざるを得なかった。
本当は直接、キースから聞き出せば良いだけの話なのだが……
「俺の妹が可愛すぎる……」
色々と怖いキースには聞きにくい。
アルフレッドは特殊な事情を抱えているようなので置いておくが、久し振りに再会した兄にここまで溺愛される意味がルナリアには分からなかった。
ルナリアはこの国で、醜いと言われる姿をしているのに、だ。
実の兄であろうが、赤の他人であろうが嫌悪されて然るべきだ。
――それが常識だから。
それなのに、どうしてキースは何も言わないのだろうか……。
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