第25話 今後のために④

『どうしてこうなった』

 ――それは、美月が読んできたラノベの歴代のヒロイン達が、理不尽な状況下で使っていた言葉。


 まさかその言葉をヒロインでもない自分が、こうして繰り返し使うことになるとは……ルナリアは思いもしなかった。


 これは最早、異世界あるある言語として登録すべき言葉だと思う。

 流行語大賞は『どうしてこうなった?』にするべきだ。

 きっと、どの小説の主人公達も一番使っている言葉のはずだから。

 ――なんて。


 …………どうしてこうなった。

 ルナリアは死んだ魚のような目で天井を見上げていた。


 現実逃避でもしないとやっていられなかった。


「ルナリア。ほら、口開けて。あーん」

「ルーナはこっちの方が好きだよね?」

「あ”!?ルナリアにはピンクのマカロンだろ!?」

「ルーナはマカロンよりも、ショコラが好きだよね?」


 渋々だったが、キースにシェーズロングソファーに、戻してもらったところまでは良かった。

 そこから、『ルナリアの脇には誰が座る!?』になりーの。

『右には自分が座るからお前はどっか行け』だの、『ルーナの右は私のものだと決まっている』だのの口論になりーの――今に至る。

 今は『ルナリアの好きなお菓子はこれだ!』と争っている。


 結局、ルナリアの右横にはアルフレッドが素早く座り、『ぐぬぬっ』と悔しそうな顔をしたキースが左横に腰を下ろした。


『両手に花』と言えるような状況ではあるが……ルナリアは複雑だった。

 ――『私のために争わないで!』なんて、さらさら言う気も起きない。

 そんな言葉はヒロインのために取っておけば良い。


「ルナリアにはマカロンだよな!?」

「ルーナにはショコラだよね?」


 ……私に振らないで下さい。


 正直、どちらでも良い。……いや、本当はどちらも大好きなのだ。

 それなのに、せっかくの美味しいお菓子が、キースとアルフレッドのせいで少しも味を感じない。


 このまま黙っていてもルナリアの心労が蓄積するだけだ。

 兄とアルフレッドが繰り広げる不毛な言い争いに、終止符を打つべきだろう。


 本音を言えば……『帰りたい』。

 早く邸に帰って、シェリーの入れてくれた紅茶を飲みながら、だらだらしたい。

 シェリーに甘やかされたい……。

 久し振りに会えた兄が、こんなに鬱陶し……暑苦し……コホン。

 こんなシスコンになっているなんて思わなかった。

 自分でキースを呼んでおいて、イライラしているアルフレッドからも逃げたい……。


 そもそも、ルナリアが王城に留まっている理由は、ノエルの一件があるからだ。

 ノエルを操ろうとしている黒幕をアルフレッドが教えてくれないから帰れないのだ。


 ……問題は早急に解決すべし。


「……お二人共、そろそろ本題に入りませんか?」

 ルナリアは二人の顔を交互に見た。


「本題?ルナリアを愛でることよりも大切なことがあるのかい?」

 アルフレッドがキョトンとした顔で瞳を瞬かせると、キースが同意するように何度も深く頷いた。

 ……こんなところは仲良しか。


「とーーっても大事なことですわ!」

 この国の第二王子のことでしょう!?

 下手すれば、王位を巡る争いにも、戒に付け入らせる隙にもなるのに!


 ルナリアがキッと瞳を細めて睨み付けると、何故かキースはにこやかに笑った。


「あー……、ヤるか」

 キースは笑顔で不穏な言葉を口にしただけでなく、親指を立てて首を切るようなジェスチャーまでしたのだ。


 キースの『ヤるか』は、言わずもがな……『るか』である。


 この場に私達三人しかいないから良いものの、不敬すぎる言動である。

 ……って、ノエルの兄が一緒にいるじゃないか。


 チラリとアルフレッドを見たが、気分を害している様子はない。

 寧ろ……黒い微笑みを浮かべている。……やっぱり仲良しだ。


「お兄様、アルフレッド様……」

「大丈夫。全てお兄様達に任せろ」

「ルーナは気にせずに安心していて」

 ジト目になったルナリアに、二人は爽やかな笑顔を向けてきた。


 ……安心なんかできるか。


「……お二人共。冗談はそのくらいにしませんと、私そろそろ本気で怒りますわよ?」

 ルナリアは軽く溜息を吐いてから、にっこりと笑顔を作った。


 悪いのはノエルではない。そのノエルを始末してどうする。


「きちんとお話して下さらないなら、お兄様もアルフレッド様とも二度とお会いしません。今後一切の私への接触を禁止しますわ」

 ルナリアが笑顔でそう言い放つと、二人は頭の上にたらいでも落ちて来たかのように、衝撃を受けた表情をした。


「ル、ルナリア~!」

「知りません」

 兄が泣きついてきたが、ルナリアはツンとそっぽを向いた。


「ルーナ……」

 アルフレッドも困ったような顔をしているが……知らない。


 ――ルナリアは腹が立っていた。


 ……ヒロインが現れたら……戒に飲み込まれたら躊躇なく殺すくせに。

 どうして、悪役令嬢ルナリアを守ろうとするのだろう。

 ノエルを何とかするためにキースを呼んだくせに。

 久し振りに兄に再会すれば、ノエルのことなんて吹き飛ぶとでも思った?

 アルフレッドは、ルナリアをあなどりすぎだ。


 じわりと瞳が涙で滲む。

 涙が溢れないようにギュッと唇を噛み締めた。


「ルナリア……」

 そんなルナリアを見ていたキースは、


「あ”ーー!」

 突然、大きな声を上げながら、ガシガシと頭を掻いた。


 キースの予想外の行動に、ルナリアは瞳を瞬いた。


「……ルナリア。相手は腹の黒い狸親父共だが、覚悟は良いか?」

 キースは真剣な顔をして、ルナリアの両肩を掴んだ。


「キース、お前……!」

「うるせーよ!お前もいい加減に覚悟を決めろ!……可愛い妹を泣かせるのは俺の本意じゃない」

 キースはジロリとアルフレッドを睨んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る