第24話 今後のために③
突然現れた白いローブ姿の男は、アルフレッドを指差し、眉間にシワを寄せて睨み付けながら、『うちの妹に何してくれてんだ!』と言った。
――つまり、この白いローブの男は、十数年振りに会うルナリアの兄らしい。
『神殿に居て会えないはずの兄が何故ここに?』とか、『アルフレッドは、どうして兄が来ることが分かったのか?』とか、『ぽっちゃりのルナリアを見て驚かないのか?』とか……疑問はたくさんある。
だが、そんなことよりもルナリアを動揺させていることがあった。
正直なところ、前述した内容よりも気になっている。
「今すぐに離れろ!害虫め!」
「……相変わらずのシスコンだな」
「うっせーよ!せっかくの再会を邪魔しやがって!」
「妹が絡まなければ使える奴なんだけどな、お前も」
「はあ?」
久し振りに会った兄は、アルフレッドと言い争っている――と、言っても兄の方が一方的にアルフレッドの突っかかっている状態だ。
王子相手に暴言を吐いても大丈夫なのかと、多少心配になるが……協力関係のようだし、大丈夫なことにしておこう。
……何度も言うが、ルナリアは今それどころではないのだ。
……やっぱりあの人だ。
ルナリアは白いローブ姿のキースの顔をジッと見つめた。
何故もっと早くに気が付かなかったのだろうか?
フードから覗いて見える、くせっ毛の黒い髪と菫色の瞳はなんて、ルナリアと同じ色彩ではないか。
ルナリアに兄がいることを先ほど思い出したばかりでは無理なことだが……。
【愛の連鎖】をクリアすると、エンドロールの最中に、墓標を見つめる白いローブ姿の男が一瞬だけ映る。
『あれは誰!?』『まさか続編のキャラ!?』――等とネット界隈では相当ざわざわしていたのだが、美月が存命の間に、公式がその人物の正体を発表することはなかった。
ただ、墓標に刻まれた『L/O〜君を忘れない』という文字から、その墓標がルナリアのものである可能性と、それならば白いローブ姿の男性の正体は、『ルナリアの兄』派と、『ルナリアを慕う想い人』派という二大勢力で白熱した議論がファンの間で成されていた。
――因みに、美月は『ルナリアを慕う想い人』派を推していた。
一人くらいルナリアの死後を悼む相手がいなければ救われないと思っていたからだ。
そして、ルナリアになった今、あの時の答えが目の前に現れるだなんて……。
……妹の墓標を一人で黙って見つめていた兄は何を思っていたのだろうか?
その答えはゲームの中の兄しか知らないのだから。
「嫁入り前の可愛い妹に怪我させやがって」
舌打ち混じりにキースがそう呟き、パチンと指を鳴らすと、ルナリアの身体がふわりと宙に浮き上がった。
「え……っ!?」
「ルーナ!」
アルフレッドに名を呼ばれたが、突然の浮遊感にルナリアの頭が真っ白になった。
か弱くてか細い令嬢なら、生涯の内で一度や二度くらい宙に浮き上がることがあるかもしれないが(普通はない)、ぽっちゃりのルナリアが浮き上がることなんて、天変地異が発生して無重力が発生しなければ到底起こり得ないことだ。
慌てたルナリアが、空中でわたわたと手足をかきながら藻掻いたが、その身体はベッドにも床にも打ち付けられることなく、白いローブを着たキースの腕の中に収まった。
「お兄様!?」
「そうだ。お兄様だぞ!久し振りだな」
ルナリアはギョッとしたように目をむいたが、兄はニコニコと笑っている。
「キース、お前……」
「黙れ!ルナリアにたかるゴミ虫が……!」
「……お兄様」
「んー?どうしたー?」
アルフレッドとルナリアへの態度がまるで真逆である。
世の中では忌み嫌われるぽっちゃりな妹を軽々とお姫様抱っこしながら、甘い笑みを浮かべている兄は……かなり変だ。
「……目と頭は確かですの?」
「おっ?ルナリアは毒舌か?そんな妹も可愛いけどなー」
キースはそう言うと、ルナリアの額にチュッと口付けた。
「お、お兄様!?」
ルナリアは真っ赤になって額を押えた。
「兄弟なんだから、このくらいのスキンシップは当たり前だろう?」
キースはそう言うが……ルナリアの方は、久し振りに会ったせいでか兄妹の実感が薄いのだ。
ただただ困っている。
お姫様抱っこされているせいで、兄の整った顔がよく見えるのだが、モブらしからぬ父に似たなかなかイケメンである。
ローブでしっかりと顔が見えないのが残念なくらいだ。
……誰に残念かって?
それは愛の連鎖のファン仲間に、だ。
「お、お兄様。降ろして下さい!私、相当重いんですわよ!?」
手足をばたつかせてみたが、キースの身体はビクリともしなかった。
「暴れると危ないぞ?それに、別にルナリアは重くないし」
それどころか、キョトンと首を傾げる始末だ。
……そうか。あれだ。魔術だ。
魔術を使っているからそんなに平然としていられるのだ……!
そう思わなければ今の状況の説明がつかない。
アルフレッドでもあるまいし……。
ルナリアが何も口に出していないのに、
「妹相手に魔術を使うわけないだろう?さっきはゴミ王子から引き離すために使っただけだ」
キースはそう答えた。
「ふふっ。可愛い顔に出てるぞ」
……無意識の内に声に出していたのかと思ったが、そんなことはなかったらしい。
久し振りに会った兄が怖い……。
魔術を使っていないのなら、そろそろ手が痺れて脂汗が…………って、少しも滲んでいない。
ケロッとしている。魔術使いはひ弱そうなイメージなのに……どうして?
「あはは。くすぐったいぞ」
胸元を探ると、キースはくすぐったそうに身体を捩らせた。
……何これ……。
――ルナリアの兄は、アルフレッドに劣らないくらい、胸板が厚かった。
ルナリアとは違って無駄なお肉のない身体は、触っただけで鍛えていることが分かる。
「さあ、帰ろうか。家でゆっくり休まないと、治るものも治らないからなー」
キースはルナリアを抱いたまま、くるりと踵を返した。
「……ちょっと待て」
歩き出そうとしたキースの肩をアルフレッドが掴んで止める。
「あ”?」
キースの目がつり上がるが、アルフレッドは気にした様子はない。
それよりも、キース越しにルナリアを見つめてくるアルフレッドの視線が痛い……。
痛いくらいに刺さっている。
『……この状況はまずい』と、ルナリアの本能が警鐘を鳴らしている。
次に会った時に、何をさせられるか分からないような恐怖をひしひしと感じる。
「ええと、お兄様。取り敢えず……降ろしていただけませんか?」
「嫌だ。帰るぞ」
……『嫌だ』って子供ですか!?
「ルーナ。まだ話は済んでいない」
……デスヨネェ。
久し振りに会った兄がシスコンを拗らせているだなんて思いもしなかった。
――まるでアルフレッドがもう一人増えたような状況に、ルナリアは目眩を覚えた。
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