第23話 今後のために➁
「君はキースにそっくりだよ……」
アルフレッドの口からは、とても懐かしい名前が出てきた。
「それはそうですわね。…………
ルナリアはアルフレッドの顔が乗っている方とは逆に首を傾げた。
実はルナリアには兄がいる。
兄の名は【キース・オルステッド】。
アルフレッドと同い年のキースは、ルナリアと同じ黒髪で、瞳の色も菫色だったはずだが……残念ながら、ルナリアは今の兄の姿を知らない。
七歳の時に初めて魔術を発動させた兄は、神殿に保護されてしまったからだ。
この世界で魔術使いはとても稀有な存在で、人身売買の組織や争いの道具にしようとする輩などを始めとして、強大な魔力を秘めている彼等を狙う者達が後を絶たない。
彼等の安全を守る為に、魔術使いは見つかるとすぐに各国に置かれている神殿に保護されるようになっている。例えそれが生まれたばかりの赤ん坊であっても、だ。
オルステッド公爵家でも、兄の神殿入りを止めることは出来なかった。
――そんな理由があって、ルナリアの記憶の中の兄の姿は、七歳の時のままで止まってしまっているというわけだ。
会うことは叶わないが、唯一、許されている三ヶ月に一度の手紙のやり取りは今も続いている。
ルナリアの方は簡単な近況報告がメインだが、不思議なことに、兄の方はルナリアの情報にとても詳しいように思える。
『○○の日に来ていた薄紫色ドレスは、可愛いルナリアにとてもよく似合っていたよ』とか、
『ルナリアは疲れるとミルクと砂糖を入れた甘い紅茶を飲むよね』とか。
ルナリアが教えていないことを、まるで側で見ているように手紙に買いてくるのだ。
……もしかしなくても、見られているの?
思わずキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
――と、ここまで考えたところで、ルナリアはふと気付いた。
「アルフレッド様は、兄に会っているのですか?」
「ああ。私は第一王子だからね」
ルナリアの肩から顔を上げたアルフレッドは、ルナリアの手を取った。
「……何事もなければ私が次の王になる。王には神殿を監視する役割があるんだ」
「監視……?」
アルフレッドはルナリアの指に、するりと自らの指を絡めた。
「神殿には、神の教えに従う敬虔な信徒達が数多くいる。彼等は神に忠誠を誓うが……王家には忠誠を誓わない。強大な魔力を秘めた魔術使い達を使って反乱を起こすことも有り得る。だから、王や王の後継者は訪問という名目で、定期的に監視に行くんだ」
「……迷惑なことを考える人は、どこにでもいますからね」
ルナリアの脳裏に浮かんだのは、二人。
美月を刺したあの男と、ルナリアを誘拐しようとした男だ。
無意識に、苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
「キースには私の協力者になってもらっているんだよ」
「……兄がですの?」
「そう。神殿の中で悪事を働く輩がいないかどうか見張ってもらっている」
アルフレッドは、指を絡ませたルナリアのふっくらとした手の甲に唇を寄せた。
「ア、アルフレッド様!?」
「ん?どうかした?」
真っ赤な顔になって瞳を見開いたルナリアの反応に気を良くしたのか、アルフレッドはルナリアの側頭部と、額にも軽く口付けた。
片足は怪我のせいで動かせず、片手もアルフレッドに掴まれ、更には背後も取られてているルナリアには、抵抗する術があるはずもなく……アルフレッドからの口付けを受けるしかなかった。
ルナリアは突然の嵐にも似た今の状況をギュッと目を瞑ってやり過ごそうとした。
「……ねえ、ルーナ。キースに会いたい?」
「……っ!」
「会わせてあげようか?」
悪魔の誘惑のような甘い囁き声だった。
ゾクッとした痺れが全身を駆け巡り、心臓はアルフレッドにも聞こえてしまいそうなほどに、ドキドキと大きく鼓動している。
立っていたら、膝から崩れ落ちていたかもしれない。
……推しに、耳元で囁かれるとか……反則だ。
今、何かをお願いされたら、拒める自信がない!
「……アルフレッド様。離れて下さい!」
「嫌だよ」
「『嫌だ』って……子供じゃないのですから!」
「子供じゃないから嫌なんだけど?」
……ズルい。ズルい。ズルい!
絶対に分かっていて自分の顔を利用してる。
「真っ赤な顔のルナリアは食べちゃいたいくらいに可愛いね」
――頬に唇が近付いてくる。
「……っ!!」
ルナリアがギュッと目を瞑ると、
「……そろそろだな」
アルフレッドがボソッと呟いた。
……え?
アルフレッドの呟いた今の言葉の意味は……一体。
思わず、固く瞑っていた瞳を開くと、アルフレッドはルナリアを見つめながら微笑んでいた。
――――そして。
外に続く大きな窓が突然、バーンと大きな音を立てて開いたと思ったら……
「おい!そこの変態!うちの妹に何してくれてんだ!!」
白いローブ姿の男が仁王立ちで現れた。
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