第22話 今後のために➀

「なるほど……」

 そう呟いたアルフレッドは、そのまま黙り込んだ。


 ルナリアからの情報を整理しているのか、それとも今後の対応を練っているのか。

 アルフレッドのことだから、ノエルを自由に操ろうとしている人物に心辺りくらいありそうだ。

 案外もう断罪方法にまで考えが及んでいるかもしれない。


 ルナリアはアルフレッドの横顔をチラリと見た。


 ……やはり、アルフレッドを頼ったのは正解だ。


 ルナリアと一緒の時は、砂を吐きそうな程に甘い顔をしているか、だらしなくニヤけた顔をしているアルフレッドが、とても真面目な顔をしている。


 真面目な顔をしているアルフレッドは新鮮で、また、とても格好良い。

 先ほどルナリアがアルフレッドの髪をくしゃくしゃにしたせいで、仕事中は上がっている前髪が落ちているのもまた良い。

 前髪があるだけでグッと幼く見えるから不思議だ。

 ゲームではあまり見れないアルフレッドの無防備なところを見れたことだけは、転生した甲斐があったと言える。

 ルナリアが悪役令嬢でなく、そして――――さえなければ。


 ――ぷにぷにぷに。


「……アルフレッド様?」

 呼び掛けてみるものの、アルフレッドからの返事はない。


 アルフレッドは黙り込んだ時からずっと、ルナリアのもちもちとした頬をぷにぷにと摘まみ続けているのだ。



 ――『ノエル殿下を操ろうとしている奴がいます』

 そう切り出したルナリアに向かって、『ちょっと待って』とアルフレッドは急に待ったをかけた。


 話を聞いてくれるのではなかったの?と、落胆しかけたルナリアだったが、アルフレッドの『待って』は、そういう意味のものではなかった。


 ルナリアが横になっているシェーズロングソファーに乗ってきたアルフレッドは、あっという間にルナリアを背後から抱き締めるような体勢を取った。

 それもルナリアに少しも痛みを感じさせないような丁寧さをもって、だ。


 そうして自分の好きな体勢を取ったアルフレッドは、満足そうに笑いながら『続けて』――と、言い放った。


 説明をしている最中は、ずっとルナリアの両方の二の腕をぷにぷにと摘まみ続けていた。集中しきれなくて何度も言葉を噛みまっくったのは……アルフレッドのせいだ。


 ルナリアだって、触り心地の良い物はずっと触っていたいと思う。

 アルフレッドの気持ちは分からなくもないが……ほどほどにして欲しいと思う。


 ――こんなに顔が良いのに、趣味が悪い。


「ぷっ……」

 ルナリアがジト目を向けていると、アルフレッドが急に吹き出した。


「そんなに見つめられたら穴が開いてしまうよ」

 アルフレッドは目尻に浮かんだ涙を拭いながら笑い続ける。


 ……もしかして。

「……ずっと騙してたのですか?」


 アルフレッドは真面目な顔で考える振りをして、ずっとルナリアの様子を伺っていたのだ。


「悪趣味ですわ」

 ルナリアは頬を膨らませた。


「考え事はもうとっくに終わっていたんだけど、ルーナに見つめられていることが嬉しくて、つい。……すまなかった」

 ルナリアの顎に手を掛けたアルフレッドは甘やかに微笑みながら、ルナリアの頬に顔を近付けてきた。


「そんなことで騙されませんわ!」

 ルナリアはムッとしながら、アルフレッドの顔をグイッと押し退けた。


「おや、残念……」

 少しも残念そうではない顔でそう言ったアルフレッドは、自分の顔を押し退けているルナリアの手を取ると、そのふっくらとした小さな手の平にチュッと口付けた。


「なっ!?」

「本当はルーナの可愛い頬への口付けたかったのに、拒まれたんだから仕方がないだろう?」

 アルフレッドはルナリアの手を掴んだまま、上目遣いに見る。


 手の平へのキスは、『相手への懇願を表している』――という記事をネットで見かけたことがある。

『自分の切なる思いを聞き入れて欲しいという願いを込めてするキスで、友達や割り切った関係では起こらない』とあった。


 ぐぬぬ。悪役令嬢ルナリアを堕とすために、運営はここまでやらせるとは……!

 ――――ではなくて。


「アルフレッド様。手の平への口付けで全てを誤魔化せるとお思いですか?」

 掴まれていた手を振り解いたルナリアは、アルフレッドを睨み付けた。


 アルフレッドはルナリアの意識を違うところに向けさせて、ノエルの件を有耶無耶にしようとしたのだ。


「どうして話してくれないのですか?」

 ルナリアは悔しそうに顔を歪ませながら唇を噛んだ。


 アルフレッドの邪魔なんかするつもりはないのに……。


「そんな風に噛んだら唇が切れてしまうよ」

 アルフレッドは困ったような顔で、ルナリアの唇を親指でなぞった。


 言い訳すらしないアルフレッドの指に思い切り噛み付いてやりたい気持ちになる。


「…………話して下さらないなら、私、自分で動きますわよ?」

 ルナリアがどうこうできる範疇を超えてはいるが、何かしらの爪痕なら残せるかもしれない。

 自分から動くつもりはなかったが、アルフレッドがルナリアを蔑ろにするというなら、黙ってはいられない。


 何がルナリアの今後に影響するかも分からない状況なのだ。

 何もできないとしても、きちんと知っておきたい。

 後悔することのないように…………。


「駄目だ。それだけは止めてくれ」

 そう言ったアルフレッドはとても真剣な顔をしていた。


「私がアルフレッド様の言うことを聞く必要ありますか?」

「ルナリア!」

「怒鳴っても無駄ですわ」


 ルナリアの受けてきた王妃教育には、何者にも屈しないための訓練も含まれていた。

 アルフレッドから本気で怒られない限りは、少しも効かないのだ。



 ――アルフレッドとルナリアの睨み合いの末。


「……ああ、もう」

 先に視線を逸らしたのはアルフレッドだった。


 深い溜息を吐きながら、髪の毛をかき上げたアルフレッドは、ふて腐れたような顔をルナリアの肩に乗せた。


「君はキースにそっくりだよ……」

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