第21話 怪我の具合

――現在、ルナリアとアルフレッドは、王城の中の一室にいる。


最近通っていた執務室ではなく、アルフレッドの自室でもない。怪我を治療をするために、横になることができるシェーズロングソファーのある部屋に運ばれたのだ。


執務室のソファーも、二人で座っても余裕があるものではあるが、怪我をしているルナリアが寝転んで足を伸ばすことは難しい。

横になると、肘当てに足が触れしまう――――と、ベッドルームに運ぼうとするアルフレッドと、絶対にベッドルームには運ばれたくないルナリアとの攻防の結果がコレである。


怪我人ルナリアがそこまで嫌がるならと、アルフレッドの方が折れたのだが……ルナリアの身長はそんなに高くない。

横幅さえクリアできれば、普通のソファーでも問題はないはずなのだ。


ルナリアの怪我に気付かずに、無理をさせたという罪悪感がアルフレッドの心を占めているのは分かる。

ベッドでゆっくり休ませてあげたいと思うアルフレッドの気持ちも分かる。


……だが、ベッドルームに運ばれたら、怪我が治るまで絶対に帰してもらえなくなる!

――そんな確信がルナリアの中にあった。


そのために必死に抵抗させていただいたのだが……



シングルベッドと言っても過言ではない、シェーズロングソファーの横には、床に膝をついたアルフレッドがぴったりとくっ付いて離れない。


『こんな展開になるなら、さっさと家に帰れば良かった』と、ルナリアは後悔していた。


実際にはそれが無理だったことも分かっている。

手当もされていない状態で、ルナリアを家に帰すことをアルフレッドだけでなく、シェリーも許すはずなんてない。

オルステッド公爵家が近所だったならともかく、応急処置もしない状態で、馬車に乗るのは苦痛でしかないのだが……。


王家専属の侍医の診断によると、ルナリアの怪我は、『全治二週間の捻挫』とのことだった。

普通の令嬢ならば三日ほどの軽いものだったが、ルナリアがぽっちゃりしていた&無理に歩いために足首に負荷が掛かり過ぎたらしい。

折れていないだけマシだが、暫くは不自由な生活を送ることになるだろう。 


『太っているからだ』と、ルナリアの体型を責められるかと思ったが、好々爺の侍医はそこには一切触れなかった。


……触れてくれれば、侍医公認の元でダイエットを開始することができたのに。


残念に思う気持ちもあるが、不健康ならまだしも、足首以外は健康そのもののルナリアに、注意できる王家専属の侍医はいないだろう。

ルナリアはアルフレッドの婚約者であり、アルフレッドはルナリアを好んでいるからだ。


王族の不興は誰しもが買いたくないものだ。

診察をした後は、救急箱のようなものをアルフレッドに渡して、さっさと帰ってしまった。


この後どうするのかと思えば……手当はアルフレッドがしてくれた。

解熱鎮痛効果のある薬を塗った布を足首に貼った上に、くるくると器用に白い包帯が巻かれていく。

騎士達と共に遠征に行くことのある、アルフレッドには応急処置などお手の物らしい。


包帯の巻かれた足首は、少し動かしても痛みを感じないくらいにしっかりと固定されていた。



――――と、ここまでは良い。


問題は部屋の中に、お目付け役のシェリーもレオもいないことだ。

アルフレッドの意向を汲んだシェリー達の計らいなのか、二人きりというこの状況が正直気まずい。


『怪我人に不埒な真似をしたら一生不能にしますよ?』と、去り際のシェリーがにこやかに笑いながらアルフレッドを脅していた。

そんなシェリーに胸がキュンとしたのは、余談である。



心暗いことが何もないルナリアは、堂々としていれば良いのだが…………アルフレッドが大きな犬のように見えるから困るのだ。


「何度、詫びても許されることではないと分かっている。……本当にすまなかった」

アルフレッドは、白い包帯が痛々しいルナリアの足首に、そっと口付けた。


「アルフレッド様!?」

ルナリアは瞳を見開いた。


「お願いだから、安静にしていて」

咄嗟に起き上がりそうになったルナリアの両肩をアルフレッドが掴んで押さえる。


……ツッコんでも良いですか?

誰のせいで起き上がりそうになったのか。

大体誰のせいでこんな―――


「……ルーナを傷付けるつもりなんてなかったんだ」

文句の一つでも言ってやろうと思ったが、眉を八の字にして、そんな風に辛そうな顔で見つめられたら、もう何も言えない。


黙ったままで、さらりとした金色の髪を掬うと、もっと触って欲しいのか、アルフレッドが頭を寄せてきた。


……まるで大型犬みたい。


ルナリアは苦笑いを浮かべながら、触り心地の良い髪を指先で梳いた。

アルフレッドは瞳を閉じて、ルナリアにされるがままになっている。


何度も梳いている内に、アルフレッドと同じ髪色のノエルのことを思い出した。


ノエルに、戯言を吹き込んで不安定にさせている奴がいること。

ノエルの不自然な行動の全てはそいつのせいだったのだ。

そのことをアルフレッドに伝えなければならない。


「……アルフレッド様。ノエル殿下のことでお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

ルナリアがそう切り出すと、アルフレッドは閉じていた瞳を開けた。


「それは一緒の馬車に乗っていた話にも繋がるのかい?」

空色の瞳が真っ直ぐにルナリアを捉える。


「はい。アルフレッド様が聞いて下さるなら、全てお話したいと思いますわ」

ルナリアは空色の瞳から目を逸らさずに大きく頷いた。


「……聞かせてくれ」

『聞きたくない』と拒絶される可能性も考えていたが、アルフレッドから拒絶の言葉は出てこなかった。


「ありがとうございます!」


ルナリアが思わず喜びの声を上げると、アルフレッドが瞳を丸くした。


「も、申し訳ございません……」


……やってしまった。


しかし、ノエルの件はルナリアが一人でどうにかできる範疇を超えていた。

解決するには、アルフレッドが話を聞いてくれるかが重要な鍵だったのだ。


だからこそ、ルナリアは喜んだ。

まだ何も解決していないというのに……。


「いや、良い。それよりもルーナの話を聞かせて欲しい」

アルフレッドは苦笑いを浮かべている。


「はい。……では」


――アルフレッドとノエルを仲違いさせたままにはしたくない。



「ノエル殿下を操ろうとしている奴がいます」


そう結論から告げたルナリアは、馬車であったことを全てアルフレッドに話して聞かせた。

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