第20話 執着の理由③
間もなくルナリアの乗った馬車が到着するとの連絡を受けた私は、待ち切れずに迎えに行くことにした。
今日も沢山のお菓子を用意してある。
ルナリアの小さな口でも食べやすい、小ぶりなショコラやクッキー、マカロンと……大きめでクリームがたっぷり入ったシュークリームも用意させた。
フォークやナイフを使わせるつもりはないので、シュークリームを食べる時、ルナリアは大きな口を開けて頬張るしかない。
きっとルナリアの小さな唇には、たくさんのクリームが付いてしまうだろう。
大きな口を開けて、嬉しそうにお菓子を頬張るルナリアは、無邪気な子供のような顔になる。
口元に付いたクリームを気にして、頬を赤らめるであろうルナリアを想像しただけで、だらしなく顔がニヤけてしまいそうになる。
――以前、生クリームたっぷりのスコーンを頬張ったルナリアが、唇にたくさんの生クリームを付けてしまったことがあったのだが……。
『おや、愛らしい唇がクリームまみれだ』と言って、ルナリアの唇を拭った指を自らの口元に運び、
『うん。甘さ控えめで美味しいね』と、生クリームの付いた自分の唇を舐めると、ルナリアの顔が林檎のように真っ赤に染まった。
私の言動全てに、とても良い反応してくれるルナリアが愛おしくて、つい色々とからかってしまったのだが……。
『私のルーナは可愛いね。食べてしまいたくなるよ』――あの時の言葉は本心だ。
私の口元を意識してチラチラと見ているルナリアは、まるで口付けを強請っているようにも見えて、堪らない気持ちになったんだ。
護衛騎士のレオやルナリアの侍女のシェリーが同じ部屋に居なければ、無理矢理に口付けていたかもしれない。
邪魔だと想う反面で、ルナリアに無体を働かずに済む抑止力ともなっているという……複雑な心境をルナリアは知らないだろう。
――ルナリアには嫌われたくない。
だからこそ、自分の元から逃げられなくなるように、慎重にことを進める必要がある。
ルナリアから感じる『好き』と、私の『好き』は違うから。
ルナリアが私を好きになってくれるためには変化も必要だ。同じことを繰り返しているだけでは、慣れてしまうから。
私と一緒にいる時はいつもドキドキしていて欲しい。心休まるような関係は結婚してから築けば良い。
――こっそりと伸ばした糸が、ルナリアに完全に絡み付いて離れなくなった、その後で……。
今日はいつもと違う特別な趣向を用意した。
きっと、菫色の瞳を大きく見開いて驚くだろう。
真っ赤な顔で上目遣いに睨み付けられるかもしれない。
ああ、色んな顔をするルナリアが見たい。
笑った顔も、怒った顔も、泣き顔も、まだ見たことのない表情を全て――私だけが知っていれば良い。
馬車が止まると、何故か複雑そうな顔をしたレオが馬から降りて私の元にやって来た。
何やら物言いたげそうにしていたが、敢えて無視した。一刻も早くリナリアに会いたかったからだ。
「ルーナ、待っていたよ!」
意気揚々と馬車の扉を開け放った私は、思いがけない光景に我が目を疑った。
――馬車の中。
弟のノエルがルナリアと抱き合っていたのだ。
「…………何をしている?」
思わず出た言葉は、自分で思っていたよりも、ずっと低い声だった。
私の登場に驚いたのか、ノエルとルナリアはビクリと身体を竦ませながら互いにすり寄った。
それが無意識なのか、意識してなのかは分からないが……気に入らない。
「馬車の中で二人で抱き合って、一体何をしていたんだ、と聞いているんだが?」
ノエルには、昨日のルナリアへの非礼を反省するようにと、自室での謹慎を申し付けていたはずだ。
それなのに、どうしてルナリアと同じ馬車の中にいる?
「兄様、これは違うんです!」
「何が違うと?しかも、私の質問の答えになっていない。疚しいことがないなら、さっさと答えられるはずだ。…………それに、いつまで抱き合っているつもりだ?」
私がそう言うと、漸くノエルとルナリアは身体を離した。指摘されるまで抱き合ったままの二人に、苛立ちが増す。
「これは事故なんです!」
「……事故?」
ノエルは見苦しい言い訳を始めた。
馬車を出迎えに来た私と護衛以外に人影はなかっただけでなく、乗り込む隙なんてなかった。
……それはつまり、オルステッド公爵家から一緒に乗って来たということだ。
レオが複雑そうな顔をしていたのもコレが原因か。
ノエルなんて道端にでも捨ててしまえば良かったものを。
――昨日のノエルは明らかに不自然だった。
変わった言動があることにはあるが、あんなに不躾な行動はしない。
ルナリアに暴言を吐くように、誰かに仕向けられていたのだろう。
今日も誰かの指示で馬車に忍び込んだのだろうが……それがどうして、二人が抱き合うような結果に繋がる?
……まさか、ルナリアを誘惑して私から離せとでも指示されたのか?
誰の指示であろうと、勝手に私のルナリアに触れたのは許せない。
「お前の言い訳は、後からじっくり聞いてやる」
顔面を蒼白にし、ブルブルと震えるノエルにそう言い捨てると、ノエルは呆然とした顔でその場に崩れるように座り込んだ。
――堪え切れない怒りが身体の中で沸騰しているようだ。この心は誰にぶつけたら良いのだろうか。
私のルナリアに好き勝手しようとしている奴らは勿論、殺してしまいたいほどに憎いが……自分が誰の物なのかを理解せずに、簡単に触れさせてしまうルナリアにも腹が立っている。
可愛さ余って憎さ――とは、言い得て妙だ。
「……ねえ、ルーナ。私は今、とても怒っているんだ」
ルナリアの視線に合わせるように床に膝をついて、ルナリアを見つめながら微笑むと、怯えた顔をしたルナリアが喉元を上下に動かしたのが見えた。
いっそこのまま壊してしまおうか?
それともやはり、誰の目に触れぬ場所に隠してしまおうか。
激しい嫉妬心が、心を黒く染めていく。
「……アルフレッド様、先程のことは事故ですので、落ち着いて下さい」
――『事故』。
その言葉を聞いた時、頭の中で何かがプツリと切れた音がした。
……その後のことは、あまりよく覚えていない。
ルナリアの腕を掴んで、馬車から引き摺り下ろすようにして下ろした私は、どこかにルナリアを連れて行こうとしていた。
ルナリアの痛がる声は聞こえていたが、掴んでいる腕を痛がられているのだと思っていた。
それならば、自分が味わわされた心の痛みの分だけ、ルナリアも痛がれば良いと思った。……だから、無視して歩き続けた。
ルナリアが足を怪我していただなんて、シェリーに言われるまで気付けなかった。
彼女は大切な主を守るために必死に身を呈していたのに……私は大切なルナリアに何をした?
醜い嫉妬に狂い、周りが見えなくなっていただけでなく、無実のルナリアに八つ当たりをして、結果的に泣かせてしまった。
シェリーが止めてくれなかったら、私はルナリアに何をしたか分からない……。
「殿下。いつまでも怪我人のルナリア様をこんなところに立たせていないで、さっさと運んで下さいませんか?」
「……了解しました」
シェリーの説教を心の底から深く受け止めた私は、
ルナリアを優しく抱き上げた。
――もう二度と傷付けないと、誓いながら。
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