第17話 まだ嵐は終わらない②

――何故か、ノエルが馬車の中にいた。


またその内に絡んでくるだろうと思ってはいたが、まさか昨日の今日で現れるとは思わなかった。


「殿下、本日は――」

「良いから、さっさと座ってくれない?」

ノエルに挨拶をしようとしたが、『お前からの挨拶は不要だ』とばかりに遮られてしまう。


「で、では失礼いたします」

ルナリアは促されるままに、ノエルの正面に腰を下ろした。そのルナリアの隣に、ノエルに向かって深々とお辞儀をしたシェリーが座る。


「それでは出発いたします」

ルナリア達の着席を見届けた御者が、馬車の入口の扉を閉じようとすると、御者のすぐ後ろに立っていたレオが、とても申し訳なさそうな顔で頭を下げた。


――ややあって、馬車は静かに動き出した。



気まずい沈黙の流れる馬車の中。

正面には、眉間にシワを寄せた不機嫌そうな顔で、頬杖をついて外を眺めるノエルと、ルナリアの隣には、いつものにこやかなシェリーには珍しく、ツンとした棘のある顔をしている。


……実はうちのシェリーさん。

昨日の現場を一部始終目撃していたせいで、『私の可愛いお嬢様を侮辱するなんて』と、あれからずっとノエルに激おこなのです。


ルナリアのために怒ってくれるのは嬉しいけれど、シェリーの態度が不敬に当たらないか、ハラハラしてしまう。


レオの様子がおかしかったのもノエルのせいだった。

レオがルナリアを迎えに行くことを知ったノエルが、無理矢理に馬車に乗り込んで来たのか、こっそり潜んでいたのかは分からないが……。

ノエルが予想外の行動を取ったことで、困惑していたのだろう。

レオがアルフレッドの護衛騎士であっても、ノエル王子の暴挙を止める権利は持っていない。


しかも、ルナリアが王城に到着すれば、アルフレッドが待ち受けているはずだ。

アルフレッドは、強制力のせいなのかルナリアを溺愛中だ。馬車の中に二人きりになったら面倒くさいことになる。

だからレオは、シェリーを同伴させるか聞いたのだろう。


ルナリアを歓迎すらアルフレッドと、ルナリアと一緒に馬車から出てくるノエル。

鉢合わせした二人はどんな反応をするのか……想像しただけで怖い。

レオもきっとルナリアと同じことを考えているに違いない。


……頭が痛くなってきた。

ルナリアは額を抑えながら、チラリとノエルを見た。


金色のサラサラとした髪に空色の瞳。

顔立ちはアルフレッドにそっくりだが、長身のアルフレッドとは違ってノエルは小柄で華奢だ。

――そこがノエルの抱えるコンプレックスの一つである。


ノエルは【愛の連鎖】の攻略対象者の一人である。

『ノエル・アリシテーニア』。十五歳。

幼い頃から優秀な兄と比べられてきたノエルは、立派な(?)ツンデレに育った。

ヒロインがノエルの心の傷を癒やすことによって、ツンが消えてデレデレになるのだが……選択肢を間違えると心の傷が悪化し、ヤンデレへと変わる。


しれっと何でもこなす天才肌のアルフレッドとは違い、ノエルは努力の子だ。

しかし、いくらノエルが必死に頑張ってもアルフレッドには敵わない。完璧な兄への羨望が、いつの間にか崇拝に変わった。――所謂いわゆる、拗らせブラコンである。


「この国の王子である僕と一緒の馬車に乗ってて、会話で楽しませることも出来ないなんて、本当に公爵令嬢なの?」

ノエルは頬杖をついたまま、視線だけをルナリアに向けてきた。明らかな敵意だった。


「醜い容姿だけでなくて、社交性も乏しいなんて王妃の器じゃないよね。第一、そんな容姿で完璧な兄様の横に並べるの?……ああ、そういう風に体型も精神も図太いから……大丈夫なんだ」


黙っていれば天使のように可愛らしいのに、口を開けば小悪魔のようだ。

綺麗な顔を皮肉気に歪めながら、ルナリアを貶める言葉を並べていく。


普通の令嬢ならば、自国の王子にここまで直接言われたら泣き出してしまうだろう。

そして、二度とノエルには会えない。


……ええと、シェリー。

取り敢えず、殺気出すのやめてくれる?


ルナリアはシェリーの手をそっと握った。

このままだと飛び道具でも出しそうな雰囲気だったからだ。いくらノエルが無礼でも、流石にそれはまずい。


ルナリアはそっと溜め息を吐いた。


何度も言っているが、ルナリアはぽっちゃりになることを選んだ。

今日のノエルの言葉も特に刺さりも響いてもいない。

『王妃の器じゃない』のも『図太い』と言われたことも間違ってはいない。

そもそもルナリアは王妃にはなれないのだから。


……それよりもノエルの言葉が全て、ノエル自身を貶めているように聞こえることが気になってしまう。


自らの容姿を気にしているのも、完璧な兄の横に並べないのも、精神的に弱いのも――全て、ノエルのコンプレックスなのだから。


「黙っていないで何か言ったら?それとも図星過ぎてぐうの音も出ないとか?」


単純にルナリアは困っていた。

別に怒っても悲しんでもいないので、ノエルの挑発には乗ることができないし……かと言って、ノエルを慰めるのも状況的におかしい。

ルナリアを侮辱する度に傷付いたような顔をするノエルに、何と言えば良いのだろう。


アルフレッド推しのルナリアだが、ノエルルートもクリアしているので、ノエルが望んでいる言葉を掛けてあげることは可能だ。

だが、それは悪役令嬢ルナリアの領分ではない。ヒロインの役目だ。

それでなくともルナリアは、アルフレッドを始めとした攻略対象者と関わりたくないと思っている。


このまま黙っていれば、ルナリアに構わなくなるだろうか……。


そんなことを考えていた時。


「…………あんたも僕を馬鹿にしてるの?」

消え入りそうなほどに小さいノエルの呟き声に、ルナリアはハッと顔を上げた。

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