第16話 まだ嵐は終わらない①

本日もオルステッド公爵家に、白と金色の宝飾のある豪華な馬車がやって来た。

王家専用の馬車だが、そこにアルフレッドの姿はない。代りに馬車の横から現れたのは、アルフレッドの専属護衛騎士のレオだった。


レオは仕事が忙しくて外出できないアルフレッドの代わりに、ルナリアを迎えにわざわざオルステッド公爵家までやって来たのだ。

今日もまた『ルナリアと一緒でなければ帰ってくるな』と命令をされているはずだ。


『行きたくない』とルナリアがごねたところで、一番困るのはレオなので、着いて行かざるを得ない。


……護衛騎士の無駄遣いは本当に止めて欲しい。


護衛騎士の名は『レオ・ハローウェル』という。

ハーロウェル伯爵家の三男として生まれたレオは、茶色の髪の毛に茶色の瞳というありふれた色彩を持つ、ごく平凡な顔立ちをした青年である。

特段に顔が良いわけでも、悪いわけでもない。

可もなく不可もない顔立ちで、超絶イケメンのアルフレッドと並ぶと、存在がかき消されてしまうくらいに平凡なレオだが……彼の魅力はそこではない。


伯爵という裕福な家に生まれたものの、上に優秀な兄が二人もいる三男のレオは、余程のことがない限り跡継ぎにはなれない。

元々、頭を使うことよりも身体を動かしている方が好きだったレオは、家のことを兄達に任せて騎士団に入隊した。


騎士団で頭角を現したレオは、その実力を認められ、史上最年少でアルフレッドの護衛騎士にまで出世したのだ。


鍛え上げられて引き締まった筋肉と、長い手足。

それこそが、レオの最大の魅力なのである。


――レオが現れると、ルナリアの専属侍女のシェリーがそわそわし出す。


状況だけを見れば、シェリーと真逆の恵まれた環境で育ち騎士になったレオに、劣等感を抱いてもおかしくないだろうに、意外にもシェリーは不快感を示してはいない。


最近たまたま邸に訪れた侯爵家のボンボン子息には、今すぐに消してしまいそうなほどの殺意を顕にしていたのに、だ。


シェリー曰く、『筋肉が驕っていないから』と、レオを不快に思っていない理由を教えてくれた。


……正直なところ、ルナリアにはシェリーが何を言っているのか全く分からない。


レオの筋肉は『一朝一夕という付け焼き刃で身に付くものではなく、厳しい鍛錬を積み重ねてきたことが、目に見えて分かる素晴らしい筋肉をしている』と、更にシェリーは言葉を連ねた。


まるでレオの裸を見たような言いぶりだが、鍛錬している者同士なら服を着ていても分かるそうだ。


……そういえば、アルフレッドも鍛えていた。


服の上から偶然触ったことのある、アルフレッドの胸筋を思い出して、ルナリアは思わず赤面したが――筋肉について尚も熱く語り続けるシェリーの話を聞いていたら、それもすぐに治まった。


筋肉は、筋肉同士(?)でしか分かり会えないことがあるのだと……筋肉などほぼ皆無に近いぽっちゃりのルナリアは、理解することを諦めた。



顔こそ平凡だが、真面目で、誠実。その上、アルフレッドの専属護衛騎士であるレオは、この国の【お婿さんに欲しいランキング一位】の優良物件だ。


鍛錬大好きなシェリーには、レオがお似合いだと思うが――こればかりは『神のみぞ知る』である。

そもそもシェリーとレオの気持ちが分からないことには話が始まらない。


ルナリアとしては、シェリーが幸せになれるなら、どんな相手でも構わないと思っている。

最低なクズ野郎……コホン。

最悪な男性に惹かれたりしたら、有無を言わさずに関係を壊してしまうだろうけど。



「……オルステッド公爵令嬢。本日も殿下の命により、お迎えに上がりました」

そう言って頭を下げたレオは、いつもなら爽やかな笑顔を浮かべているはずの顔を、今日は何故か曇らせていた。


「ハローウェル様。顔色が悪いようですが……もしかして、アルフレッド様が何かまた無理難題を……?」


「アルフレッド殿下のせいではありません。……ええと、その……少し、不測の事態が起きまして」

レオは歯切れ悪くそう言った後、ちらりと馬車を見ながら困ったような顔をした。


「不測の事態……ですか。王家の馬車に何か問題でも?」

「あ、いえ。そうではありませんのでご安心を。……今日も侍女殿はご同行いただけるのですよね?」


レオはルナリアと一緒の馬車には乗らずに、馬で並走する。

馬車の中で婚約者以外の男性と二人きりになるのは世間的にまずいからだ。

アルフレッドの時もなるべくシェリーには一緒にいてもらっている。――というよりも、シェリーの方が積極的に付いて来てくれるのだ。

護衛としても侍女としても頼もしいので嬉しいが。


「ええ。シェリーも一緒に連れて行きます」

「ああ、それなら安心です」

ルナリアが大きく頷いたのを見たレオは、ホッとしたように溜め息を吐いた。


……レオは一体どうしたのだろうか?


いつもとは違うレオの様子にルナリアは困惑していた。シェリーもきっと同じ気持ちだろうと、シェリーへ視線を向けると……


「シェリー?」

シェリーはレオではなく、馬車の方をジッと見つめていた。


「あ……申し訳ございません」

声を掛けられたことに気付いたシェリーは、馬車から視線を外してルナリアに頭を下げた。


その時、シェリーの藍色の瞳が揺らいで見えた。

困っているようにも、苛立っているようにも見える。


レオだけでなく、シェリーの様子までおかしくなってしまった。

シェリーは何に気付いたのか。

――何も分からないのはルナリアだけだ。


「……では、そろそろ向かいましょう。殿下が首を長くしてお待ちのはずですから」

気まずそうな顔をしたレオに促され、エスコートされながら馬車のステップに足を掛ける。


馬車に乗り込む時に、頭がぶつからないようにするために、少しだけ下げていた顔を上げた時。

ここにいるはずのない人物を目にしたルナリアは、瞳を大きく見開きながら、ヒュッと息を飲んだ。


「ノ、ノエル……殿下!?」 

「来るのが遅いんだけど!あんたはどれだけのろまなの?」


憮然とした顔で足を組んで座っていたノエルは、ルナリアの姿を上から下まで睨み付けるようにして眺めた後、フンと鼻息も荒く視線を逸した。



――レオだけでなく、シェリーもおかしくなった原因はだったのだと、ルナリアはここで漸く知ったのだった。

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