第15話 嵐の名は②

 ――アルフレッドが声を荒げるところを見たのは初めてだった。


氷王子ブリザード』と呼ばれているアルフレッドの、また違う一面にルナリアは驚いていた。


 氷王子ブリザードの時のアルフレッドは、無表情な上に言動に容赦がないが、声を荒げることはなく淡々としている。

 最近たまたま、アルフレッド怒らせたことがあったが、身内みのうちに溜め込んだ怒りが、笑顔の隙間から漏れ出てくるような静かな怒り方であったので――どちらかといえば氷王子ブリザード時に近かったと思う。



「さっきから聞いていれば、お前は一体何様のつもりなんだ?ノエル」

「だ、だって……!」

 アルフレッドがノエルを睨み付けると、容赦のないアルフレッドの鋭い視線に怯えたノエルが一歩後退った。


 ――こんな風に、はっきりと怒りを顕わにするアルフレッドは珍しい。


 基本的に邸の中に引き籠もりの今のルナリアは、アルフレッドの外の顔は知らないが、『愛の連鎖』が大好きだった美月は知っている。


 ゲームの中の氷王子アルフレッドも、ここにいるアルフレッドもそんなには大きくは違わない。

 気を許した友人達以外には無表情で、怒らせると正論で理詰めをするので、相手はぐうの音も出ないほどに打ちのめされるのが常だ。


 ラスボス戦の時に、傷付いたヒロインを抱えながら声を荒げるシーンがあったくらいだろうか。

 そんなアルフレッドが声を荒げているのだ。


 ……正直なところルナリアの心中は複雑だった。


 アルフレッドが心から愛するのは、天真爛漫で優しいヒロインだ。


【ラスボス(ルナリア)を無事に倒した二人(ヒロインと攻略対象者)は、沢山の大切な人々の笑顔に囲まれ、いつまでも幸せに暮らしました】――で、終わる『愛の連鎖』。


 ルナリアはたった十数文字で終わってしまえる存在で、いつまでも幸せに暮らせるヒロインとは違う。



「みんな言ってるんだ!お兄様は醜女に騙されているって。何か悪い呪いがかけられているんだ!って。だから……だから……!」

 唇がキュッと固く結ばれ、アルフレッドと同じ空色の瞳が徐々に潤んでいく。


 簡単に死んでしまう悪役令嬢ルナリアに転生してしまった自分が死なないようにするために、姿になること選んだ。

 だから、誰に何を言われても辛くないんだよ?


 それなのに……


「ノエル。ルナリアは国王も認めた私の正式な婚約者であり、王家を支えてくれる忠臣の一人、オルステッド公爵家の令嬢だ。お前が無礼をはたらいて良い女性ではない」


 アルフレッドはルナリアの為に本気で、自分の弟を怒ってくれている。

 これから登場する愛しのヒロインではなく、破棄されることになる婚約者ルナリアのために。


 ……そんな格好良いことをされたら、好きになっちゃうじゃないか。

 好きになったら、捨てるくせに……。


 ルナリアは苦笑いを浮かべながら唇を噛んだ。


「どうしてそんなに、その醜女を庇うのですか……!?」

「ルナリアは醜女じゃない。とても可愛らしくて愛らしい女性だ。お前らの目が節穴なんだ」

「お兄様はおかしいです!そんな太った――」

「黙れ。お前にルーナの何が分かる!」

 アルフレッドは軽く舌打ちをした。

 埒のあかない押し問答にアルフレッドは、イライラしているようだ。


「……っ」

 アルフレッドに舌打ちをされたノエルの瞳からは遂に涙が溢れた。


「アルフレッド様……!」

 ……ルナリアが止めた時には、もう遅かった。


 ギュッと唇を強く噛んだノエルは踵を返すと、そのまま部屋の中から駆け出して行ってしまったのだ。



 ――気まずい沈黙が部屋に広がる。


 暴言付きではあるが、推しに瓜二つのノエルを鑑賞しながらニヤニヤする時間が……何故かこんな結末を迎えてしまった。


 アルフレッドの膝の上に座ったままのルナリアが微かに身体を動かすと、


「はあ………………」

 アルフレッドはルナリアを抱き締めながら深い溜め息を吐いた。


「……全く、どこのどいつだ。ノエルにあんなことを吹き込んだ馬鹿は……」

 暗く沈んだアルフレッドの声。


 本当ならば、ノエルと言い合いをするつもりがなかったことをアルフレッドの声音が教えてくれる。


「まさか、そいつがルーナに戯言を抜かした馬鹿ななのか……?」

 ルナリアを抱き締める手に力が入るだけでなく、アルフレッドの瞳がギラリと光った。


「……違います。少なくとも私の方は」

 取り敢えず否定をしておく。

 無関係な人が被害を被ることを阻止するために。


 そんな相手はいないと言ったはずのに、ルナリアの言葉を信用していないのだろうか?


「ああ!もう……!」

 アルフレッドは眉間にシワを寄せ、苛立ったように髪をかき上げながら、また溜め息を吐いた。


「……ルーナに不快な思いをさせてすまなかった」

 ポツリとアルフレッドが呟く。


 その呟きには、普段のアルフレッドからは感じられない、後悔や葛藤が入り混じっているようで、とても好感が持てた。



「いいえ。私は全然不快なんかではありませんでしたよ」

 ルナリアは、アルフレッドの頭に頬を寄せながらそう言った。


 ルナリアのために怒ってくれたアルフレッドを責めることなんてできない。寧ろ、兄弟喧嘩の原因を作ってしまって申し訳ないと思う。

 全ては、ぽっちゃりしているルナリアが原因なのだから。


 せめてもの償いと癒しを……と、ルナリアはアルフレッドの望むことを叶えるしかなかった。


 膝枕に、無限頬ぷにり……ナドナド。


 細長いショコラの口移しは、どうにか避けました……!!ポッキーゲームか……!

 頑張った私は偉い!!

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