第13話 嵐の名は①

 バンッ!!


 大きな音を立てながら開け放たれた扉の向こう側から、金色の髪の少年がズカズカと部屋の中に入って来た。


 ……え?


 驚くルナリアを他所に、少年は少しも躊躇うことなく部屋を縦断し、一直線にルナリア達の座っているソファーの方へ向かって来る。


 そうしてルナリアの正面にやって来た少年は……


「醜く太った悪女め!お兄様から離れろ!!」

 ルナリアを指差しながら、そう声を上げた。


 不快そうに眉を釣り上げて、ルナリアを睨み付けている、この可愛らしい顔立ちをした少年には見覚えがある。


 金色の髪に空色の瞳というルナリアの婚約者であるアルフレッドと同じ色彩を持つ少年は――


「……ノエル」


 アルフレッドの弟であり、アリシテーニア王国第二王子のノエル・アリシテーニアだ。



 ――まさか、ノエルが出てくるとは……。


 まるで嵐が来たように騒々しい登場の仕方で。


 ノエルの登場を全く予想していなかったルナリアは、複雑な心境でアルフレッドとノエルを見ていた。



 ****


 ……ああ、憂鬱だ。

 どうして、望まない外出をしなければならないのか。


 見慣れた風景から徐々に変わっていく景色を横目に、ルナリアは深い溜め息を吐いた。


「ここまで周到に手配されては、簡単には断れませんものね」

 ルナリアの向かい側に座るシェリーは、声を潜めてそう言うと、苦笑いを浮かべた。


「……それよ。ここまでする必要があるのかしら」

 ルナリアもまたシェリーに合わせて声を潜める。


 ――現在、ルナリア達は王城に向かっている最中である。

 それも、アルフレッドの手配したの白と金色の宝飾のある豪華な馬車に乗って、だ。


 王家専用の馬車だけあって、馬車特有の激しい揺れは軽減されており、尚且、低反発加工のされた座席が更に衝撃を吸収する。座席に置かれたクッションは肌触りの良い高品質なもので、敷いても良し、抱き締めるも良し、枕にするも良しという、快適な馬車移動を満喫することができる代物だ。


 ……これが旅行への旅路だというなら、こんなに憂鬱な気分にはならない。


 ルナリア達の目的地は王城で、『アルフレッドが忙しくてオルステッド公爵家に行けない』――と言う、ただそれだけの理由で向かっている。


 ルナリアを自分の元に呼ぶだけのために、わざわざ王家専用の馬車を使用し、ルナリアが断れないようにするために、アルフレッドの専属の護衛騎士まで付けて寄越した。


『ルーナと一緒でなければ戻って来るな』とは、どんな暴君だ。

 アルフレッドの身体の方が尊いのだから、いずれ解消される予定の婚約者よりも優先にして欲しいものだ。


 ルナリアはまた深い溜め息を吐いた。


 他国の使者との会談にも使用することのある、豪華な馬車の中の会話が、外に漏れるとは思わないが……話している内容がアルフレッドのことなので、シェリーもルナリアも念のために声を潜めている。


「もう……色々と無駄遣いなのよ。こんな手配をする時間があるなら、他のことに使えば良いのに」

 ルナリアは額を押さえた。


「殿下は、それだけルナリア様に会いたいのでしょう」

「……一日も欠かさずに?」


 ルナリアの『痩せようと思っています!』という失言以降――アルフレッドは、毎日お菓子を与えてくるようになった。

 オルステッド公爵家の用意したものだけでなく、アルフレッドがどこぞの店から購入してきたものまでと様々だ。


 今日もルナリアの招かれる部屋には、沢山のお菓子が用意されているはずだ。

 アルフレッドが用意するお菓子は、美味しいだけでなく、甘過ぎないのでどんどん食べられる。

 味や見た目のバリエーションも豊富なので飽きない。

 どんなお菓子が用意されているのか、少し楽しみにしている自分がいる……って、完全に餌付けされているじゃないか!


 更に困ったことに、アルフレッドに食べさせられることにも慣れつつもある。……自分の順応性が怖い。


 これでは、こっそり痩せるどころの話ではない。

 寧ろ、ぽっちゃり化が増すだろう……。


「管理されてるみたいよね……」

 本当は手元に置いて全ての世話をしたいそうだ。


「多分、そうだと思いますよ。殿下は本気ですからね」

「本気……ね」


 ――アルフレッドがこんなもベッタリ粘着質なキャラだとは思わなかった。

 ヒロインとして転生していたら、『どんと来い』なのだけど……。


「本当にお嫌なら……私と一緒に逃げますか?」

 シェリーはルナリアを真っ直ぐに見つめながら、藍色の瞳を細めた。


 シェリーは女性でありながらも、秘められた力は折り紙付きだ。ルナリアの父もシェリーの剣の師匠も認めるほどに。

 アルフレッドの専属護衛は分からないが、並みの護衛騎士の一人や二人、容易く倒せるだろう。

 ルナリアが望めば、シェリーはきっと本気で実行してくれる。

 ……だけどそれは、大変な苦労をかけることになる。常日頃から私を支えてくれている大切なシェリーに、そんな迷惑はかけたくはない。


「……そうね。今はまだ大丈夫よ」

 ルナリアは首を横に振った。


「でも……何もかもがどうしようもなくなって……本当に逃げ出したくなったらお願いしようかな」

 苦笑いを浮かべてシェリーを見ると、


「かしこまりました。ルナリア様がそんなことにならないように、私も最善を尽くしますが、いざという時は私が絶対にお助けします」

 シェリーはルナリアに心強い言葉をくれた。


「……ありがとう」

 ルナリアは心からの感謝の言葉を返した。



 ******


 ――そんな、シェリーとの感動的なやり取りがあった後に待っていたのがとは……。


 人生とは何一つ思い通りにはならないものなのだと、ルナリアはつくづく実感した。



「僕は、お兄様とこの女の結婚に反対です!」

「それはお前が口を出すことではない」

「どうしてこの女なのですか!?この国にはお兄様に釣り合う、地位のある美しい令嬢が沢山いるではないですか!この醜い豚ではなく!」


 ノエルが口を開く度に、部屋の温度がどんどん下がっていく気がする。


 温かい紅茶を飲んでいたはずなのに、いつの間にかアイスティーにすり替わったのか?と思ってしまうほどに。


「お兄様を誑かすような醜女を、僕は義姉と呼びたくありません!」


 ……自らが望んで、ぽっちゃりになる道を選んだが、アルフレッド似の美少年にここまでハッキリと罵倒されると、流石に少し傷付く――――のを通り越してご褒美に思えて、ドキドキしてきた。


 推しに瓜二つの美少年からの罵倒は、ショタ好きではないルナリアも癖になりそうだった。

 ……ノエルはツンデレキャラなんだよねぇ。


 気配を消して、のほほんとした気持ちで二人のやり取りを堪能していると……


「いい加減にするんだ!」

 アルフレッドの怒声が部屋の中に響いた。




**********


※ちょこちょこ修正していてすみません……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る