第12話 ルナリアの失言②
ルナリア――前世の美月にとってアルフレッドは推しである。
推しとは、崇高すべき尊いものであり、何をおいても幸せになって欲しい相手でもある。
ルナリアとして転生した美月には、断罪される可能性があると分かっていても尚、心の底に捨てきれない想いがある。それは、恋愛感情ではなくもっと純粋な想い――作品愛である。
シワの寄った眉間と閉じた瞳。薄い唇は何かを堪えるかのように固く結ばれている。
辛そうな顔をするアルフレッドに、ルナリアの胸がざわめき出して落ち着かなくなる。
……推しにこんな顔をさせてしまったのは私なのだ。
「アルフレッド様。私はコルセットを付ける必要がないのですもの」
「……それは、どういうこと?」
アルフレッドの両手を握りながらルナリアが微笑むと、瞳を開けたアルフレッドは訝しそうにルナリアを見た。
「今度改めてお話させていただきますが……コルセットに代わる物を私は既に持っているのですわ」
ルナリアには前世の知識を総動員させて作製をした『ボディースーツ』がある。
コルセットのように無理に身体を締め付けることなく、身体のラインを補正してくれる優れものだ。
もち、コルセットのように数人がかりで着用せずとも一人でもできる。
「コルセットに代わる物?」
「ええ。そうです。それを世の中に普及させることができれば、顔色の悪い女性も失神する女性もいなくなります」
「本当かい!?」
「しかし、多少の問題があります……」
パアッと表情を明るくしたアルフレッドとは対照的に、ルナリアの表情が曇る。
販売価格を抑えられれば、手軽に綺麗なボディーラインを手に入れられるボディースーツは、きっと市井で受け入れられるだろう。
……問題は貴族達だ。
コルセットに固執している保守的な貴族達に普及させることができるかが、一番の問題である。
「なるほど。まあ、詳しいことは追々に考えていけば良いよ。手っ取り早く事を進めたい時には、母を巻き込めば良いし」
アルフレッドは瞳を細めて笑った。
――アルフレッドの言う『母』とは、言わずもがな、この国の王妃様のことである。
新しい物を普及させたい時には、有名且つ、力のある人物に頼むのが有効だ。
二十歳手前の息子と、もう一人の子供がいるというのに、未だに衰える様子のない若く美しい王妃様以上の適任者はいない。
王妃様に頼めるなら願ったり叶ったりだが、第一王子の婚約者としての権力を行使するようで、気が引けてしまいそうだ。
「ルーナは真面目だね。それよりも……っと」
アルフレッドはそう言って、ルナリアの両膝の後ろに手を差し込んだ。
それは一瞬のことだった。
「……っひゃ!」
驚きと浮遊感が同時にやってきた。
「あ、あの!アルフレッド様!?」
「ねえ、私のルーナ。君とはもっと大切なことを話す必要があると思うんだ」
慌てふためくルナリアに向かって、アルフレッドはにこやかに微笑む。
――ルナリアをお姫様抱っこした状態で、だ。
「下ろして下さい!私は重過ぎますから!」
……そう。どう考えてもルナリアは重い。
自分がそれなりに軽いと思っている女子の謙遜なんかではなく、本気で思っている。それが事実だから。
それなのに、アルフレッドはいとも簡単に抱き上げた。
王子の暴挙を止めて!
将来の国を背負う大事な身体でしょう!?
ギックリ腰にでもなったらどうするの!?
ルナリアはシェリー達に再度助けを求めたが、護衛騎士だけでなくシェリーにも視線を逸らされてしまった。
ひ、酷い……!
「別に普通だけど?」
アルフレッドは涼しい顔でそう言ってのけた。
……直接見たことはないが、アルフレッドは鍛えている方だと思う。
それでもルナリアの体重を軽々と抱き上げられるようには見えない。
「好きな相手ぐらい抱き上げられなくてどうするんだ。ルーナはそんなにひ弱な私だと思っているのかい?」
「そ、それは……」
呆れ顔をするアルフレッドに、ルナリアは逆に困惑する。
普通の女性ならともかく、ルナリアには適さない言葉ですよね!?
「納得しなくても別に構わないよ。でも、私は君を抱き上げることができる。これは紛れのない事実だ」
確かに、ルナリアの重い身体をお姫様抱っこしても、アルフレッドの腕は重力に震えることもなく、身体は直立不動のままで少しも揺らいでいない。
重いかどうかは置いといて、これは事実である。
額に脂汗が浮かんだりもしていない。
ルナリアはひとまず小さく頷いた。
「そして、ここからが本題だけど、ルーナをこうして抱き上げることができる内は痩せる必要はないし、もう少しぽっちゃりしても私は全然問題ない」
『痩せようとしたら……分かるよね?』
アルフレッドの瞳と低くなった声で脅される。
「分かりました……」
ルナリアは涙目で頷くしかなかった。
痩せたら今の状況から逃げられると思ったのに……。
「良かった。じゃあ、これから馬鹿なことを考えたルーナにちょっとしたお仕置きするから」
「……え?」
にっこり笑ったアルフレッドはそう言って、ルナリアをお姫様抱っこしたままスタスタと部屋の中の開けた場所まで歩いて行く。
そうして――ルナリアをお姫様抱っこしたまま、その場でぐるぐると回り出した。しかも早い。
「ひぇぇぇ……!?」
アルフレッドの腕の中で為す術もなく、ルナリアはぐるぐると回され続ける。
「ア、ルフレッド様……!止めて!」
「あはは。駄目だよ」
悲鳴を上げるルナリアと、笑い声を上げるアルフレッド。
「助けてーー!」
「あはははは」
――ふと気付けば、アルフレッドの膝の上に寝かされていた。
……まだ気持ちが悪い。
遠心力系のアトラクションに弱い美月は、ルナリアに生まれ変わってもそこは変わらなかったようだ。
口を開いたら何かが口から出でしまいそうだったので、目を閉じて黙っていると……
「私から逃げようとしたの?」
アルフレッドはルナリアが起きていることに気付いているのか、いないのか、ルナリアの黒髪を梳きながらボソリと呟いた。
アルフレッドの言葉に無意識にギクリとルナリアの身体が強張った。
……しまった。これでは目が覚めていると言ったも同然だ。
恐る恐る瞳を開くと、まつ毛が付きそうなくらいのすぐ近くに空色の瞳があった。
「明日から楽しみにしていてね」
笑っていない瞳が楽しげに細められる。
……ルナリアの失言に対して、アルフレッドはまだ激おこだったようです。
教訓。『腹黒王子はおこらせてはいけません』
――こうして、アルフレッドによる激甘な餌付けが開始されたのであった。
次回。
嵐登場!?
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