第11話 ルナリアの失言①
「ルナリアの側は……落ち着く」
アルフレッドは、ルナリアの背後から抱き締めて、その艷やかな黒い髪に頬擦りをした。
――私の方は全然落ち着きませんけどね!?
数日前までのルナリアならば、愛玩動物役に徹してされるがままになっていたが……今は状況が変わってしまった。
他意が含まれていないと思っていたアルフレッドの今までの行動に、恋愛感情が含まれていたのだと思うだけで、ルナリアの心は酷く動揺し、身体は氷の魔法がかけられてしまったかのように一瞬でガッチガチに固まってしまう。
こんな時はどんな反応をすれば良いのか、前世込みで恋愛経験の少ないルナリアには分からなかった。
手を握られたり、頬を摘まれれる度に「ひゃうっ!」という情けない悲鳴が漏れる始末である……。
――ルナリアの初心な反応をアルフレッドが堪能しているとも知らずに。
「もちもちとした吸い付くような肌は、何にも代え難い宝物だ。ふっくらとした顔で微笑むルーナは何よりも可愛いくて愛おしい」
「そ、そんなことをおっしゃるのはアルフレッド様だけですわ!」
この国の貴族はふくよかな女性を嫌っている。アルフレッドが唯一の例外だ。
「そうかい?まあ、この柔肌に触れて良いのは私だけだから、その方が都合が良いけどね。他の奴らには、ルーナの艷やかな黒髪一本だって触れさせる気はないよ」
アルフレッドはルナリアの黒髪を一筋掬うと、瞳を細めながらチュッと口付けた。
流れるように口説いてくるアルフレッドに対して、当のルナリアの頭の容量は、もういっぱいいっぱいだった。このまま触られ続けたらおかしくなってしまう。
……話題。そう話を逸らすのよ!
「あ、あの!実は私、そろそろダイエットしようかと思ってますの!」
アルフレッドに翻弄されて、すっかり頭が回らなくなっていたルナリアは、この状況から少しでも逃れようとして、うっかりポロリと余計なことを言ってしまった。
「……ダイエット?」
微笑むアルフレッドの右手の目尻がピクリと動いた。
「ええ!いつまでもこのままだと身体に(精神的にも)良くないので、思い切って痩せようと思いますわ!」
ルナリアが一息でそう言い切ると、『あっ』と息を飲むような小さな声が聞こえた。
「……え?」
声の聞こえた方へ視線を向けると、シェリーと目が合った。
シェリーは給仕の時にだけでなく、いつもアルフレッドの護衛騎士と共に部屋の隅に控えている。
婚約者同士とはいえ、未婚の男女が密室に二人きりなのは問題なのだ。
――アルフレッドがルナリアにしている、あれやこれ全てをシェリー達に見られてしまっていることは…………察して欲しい。
それも失言の原因ではあるのだが……。
シェリーは何とも言えない顔をしていた。
バツが悪そうな、居心地が悪そうな、苦虫を噛み潰したような、複雑そうな表情である。
護衛騎士にはサッと視線を逸らされた。
シェリー達がどうしてそんな反応をするのか分からないルナリアが、キョトンとしながら首を傾げると、
「痩せる……だって?」
ルナリアの頭上から、低い声が降ってきた。
それはルナリアを背後から抱き締めている、アルフレッドのものなのだが、ルナリアはこんな地を這うように低いアルフレッドの声音を聞いたことがない。ゾワリとルナリアの背筋に寒気が走った。
恐る恐る顔を上げると、空色の瞳とぶつかった。
「アル……フレッド……さま……?」
表面上はにこやかに笑って見えるのに、瞳は少しも笑っていない。
部屋の中の温度が十度ほど下がった気がする。
――もしかして、やらかした?
助けを求めるようにシェリーを見ると、シェリー肯定するように大きく頷いた。
護衛騎士は視線を逸したままでこちらを見ない。
「悪いけど、それは認めてあげられないかな」
アルフレッドの大きな両手がルナリアの頬に添えられ、アルフレッドの方を向かされた状態で固定された。
しっかりと固定されているが痛くはない。
……なのに少しも逃げられる気がしない。
「で、でも……」
ルナリアはゴクリと唾を飲み込んだ。
アルフレッドの綺麗な空色の瞳の奥が、何故か黒く濁って見える。
アルフレッドの放つ迫力のせいで、心臓がギュッと掴まれているような気分になる。手足は冷たくなり、唇が震えそうになる。
「……ねえ、ルーナ?君が急にそんなことを言い出したのは、誰かにそうするように言われたからなのかな?だったらルーナにそんな戯言を吹き込んだ相手の名前を私に教えてくれないかい?君の悪いようにはしないから」
アルフレッドは瞳を細めると、ルナリアの耳元で甘く囁いた。
「……!」
………いやいやいや。これ悪魔の囁きですから!
名前を言ったらその人が消される展開じゃないですか!!
耳元を押さえながらルナリアは瞳を見開いた。
――デビュタントの時。
ぽっちゃりになって現れたルナリアに対して、陰口を叩いた令息や令嬢達は確かにいた。
だが、ルナリアは全く気にしなかった。
そう言われるのが分かった上で選んだからだ。
アルフレッドだってその内の一人になると思っていた。
「そ、そんなこと誰にも言われていません!」
ルナリアには彼等を罰する気持ちはない。
もう少し柔軟になって欲しいとは思うが、根深い問題だから変えるのは難しいとも思っている。
「本当に?」
ルナリアの真意を読み取るように、アルフレッドはルナリアの瞳をジッと見ている。
……アルフレッドが疑うのも分からなくもない。
ぽっちゃりしているルナリアが、急に痩せたいなんて言い出したら、誰かにそれを指摘されたのだと思うのが普通だろう。
だからこれは完全なるルナリアの失言だ。
本当に痩せるつもりなら、アルフレッドに宣言せずにするべきことだったのだ……。
「本当ですわ。私自身がそう思ったのです」
「……誰かに
アルフレッドはまだ何かを疑っているようだった。
「勿論です。私の意思でそう思いました」
だからこそ、リナリアはキッパリと言った。
ルナリアが躊躇したせいで、誰かがアルフレッドの犠牲になるのだけは見過ごせない。例え、この世界がゲームの中であったとしても、だ。
「痩せるために……またコルセットを付けるのだろう?」
ルナリアの額に自分の額をくっ付けたアルフレッドは、唇を噛み締めながらそう言った。
……コルセット。
ここでコルセットの話が出でくるほどに、アルフレッドは、コルセットを嫌っているのだ。
「私は痩せてもコルセットはつけません。……そう約束したではないですか」
大好きな推しのアルフレッドを慰めるように、笑いかけることしかできないのだ。
――何て厄介なのだろう。
ルナリアはアルフレッドを無下にすることはできないのだから。
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