第10話 デレた婚約者

「ほら、早く口を開けて?」

「……」

「恥ずかしいのかい?」

「……」

「開けてくれないなら、代わりにキスするけど良い?」

「……!?」


 上目遣いにおずおずと口を開くと、薄く開いた唇の隙間からチョコレートが差し込まれた。


「……!」

「ふふっ。美味しいだろう?これは絶対にルーナの好きな味だと思ったんだ」


 両頬を押さえ菫色の瞳を輝かせたルナリアの反応に気を良くしたアルフレッドは、蕩けるような笑顔を浮かべた。



 …………甘い。

 チョコレートも蕩けるように甘くて美味しいが……それ以上にアルフレッドが甘い。


 ルナリアはそっとアルフレッドから視線を逸した。


 このままアルフレッドを見ていたら、綺麗な空色の瞳を『えいっ!』と、衝動的に潰してしまいたくなる。

 ……勿論、後が怖いので想像に留めておくが。

 こんなことで断罪されたくはない。


「ねえ、今からでも良いからこっちにおいで」

 アルフレッドがポンポンと自分の膝の上を叩いた。


「……心からご遠慮申し上げます」

「ルーナはつれないな」

 アルフレッドは微笑みながら瞳を細めた。


 ルナリアを膝の上に乗せようとするアルフレッドと、絶対に膝に乗りたくないルナリアとの攻防の末の結果が、『あーん』である。

 膝の上に乗せられるくらいならば……と、ルナリアの方が折れてこうなった。


 ルナリアは自分が重いのを重々承知している。

 そんな自分が誰かに体重を預ける行為は、なかなかの拷問なのだ。

『その重さが良いんだよ』とのたまうアルフレッドの趣味はやはりルナリアには理解できない。


 ルナリアは深い溜息を吐いた。



 ――数日前。


『ルナリア。私は君が好きだよ。愛してる』

『君はとても鈍感みたいだから、私の気持ちには全く気付いていなかっただろう?』


 ソファードンからの〜顎クイ状態で、ルナリアに愛を囁いたアルフレッド。


 侍女のシェリーは、アルフレッドの気持に気付いていたらしいが……ルナリアはただ単に『愛玩動物』扱いされていると思っていた。


 前世の推しに好意を向けられるのは嬉しいが、それ以上に戸惑っているのが現状だ。

 何故なら、この世界は【愛の連鎖】の中で、ルナリアは悪役令嬢だから……。


 何度も言っているが、王子様アルフレッドに恋をした悪役令嬢ルナリアは、戒に取り込まれて殺される。

 その運命から逃れるために、ぽっちゃりになる道を選び、アルフレッドやヒロイン、その他の攻略対象者達に関わらないと決めたのに……だ。


 これはアルフレッドに恋愛感情を持てないルナリアへの嫌がらせですか?強制力ですか?罠ですか?

 ルナリアが本気で好きになったら、手のひらを返したように、『お前なんかに本気になるとでも?』と鼻で笑いながら冷たい目で見下ろすのでしょう?


 ――この世界はヒロインのためにできているのだから。


「ルーナ、口開けて」

「……(あーん)」


 ――悪役令嬢に幸せは訪れない。


「美味しい?」

「……(頷く)」


 ――それならばせめて放っておいて欲しい。


「じゃあ、次はこれかな。はい、あーん」

「……(あーん)」


 ………………って、ちょっと待って!!


 ルナリアは生クリームたっぷりのスコーンを頬張ったところで我に返った。

 考えごとをしていたはずなのに、与えられるままにお菓子を頬張っていた。

 恐るべし……アルフレッド。


「……むぐっ!?」

 急に我に返ったせいで勝手に口元が動き、生クリームを盛大に唇に付けてしまう。


「おや、愛らしい唇がクリームまみれだ」

 にこやかに笑いながらルナリアの唇を指で拭ったアルフレッドは、クリームの付いた指を自らの口元に運んだ。


「うん。甘さ控えめで美味しいね」

 ペロリと赤色の舌が唇の端から覗く。


 瞳を僅かに細めただけなのに、どうしてこんなにも色気があるのか。

 くっ……。不覚にも胸がキュンとしてしまった。


「本当は私が直接舐め取って――」

「アルフレッド様!それ以上は……!!」

 ルナリアは頬を真っ赤に染めながら、アルフレッドに向かって両手を突き出した。


 な、な、何を……い、い、言いだすの!?

 これ以上のスキンシップはルナリアの心臓が保たない。


 真っ赤になった頬を押さえるルナリアをアルフレッドはクスクスと笑いながら楽しそうに見ている。



 遊ばれている……。

 ジロリとアルフレッドを睨みつけると、アルフレッドは瞳を細めて更に笑みを深くした。


「私のルーナは可愛いね。食べてしまいたくなるよ」

「食べ……!?」

 アルフレッドはそういうと、ルナリアが一口だけ囓ったスコーンを一口で食べてしまう。


 ルナリアの食べかけを食べなくても、のに、だ。


「なっ!?」

 ルナリアは大きく瞳を見開いた。


「君は気にせずに新しい物を食べると良いよ」

 アルフレッドは驚いているルナリアを横目に見ながら紅茶を啜る。


「飲むかい?」

 目の前にティーカップが差し出されたが、ルナリアは首を横に振ってお断りした。


 これ以上、遊ばれたくない。


「そうか。それは残念」

 ティーカップをテーブルに戻したアルフレッドは、代わりに小さなマカロンを一つ摘まんだ。


「こっちのマカロンなら良いかい?」


『嫌だと言うなら、膝の上に座らせるよ?』

 そんな副音声が一緒に聞こえた気がしたのは――きっと気のせいではない。

 アルフレッドの目がそれを物語っている。

 絶対にアルフレッドなら実行される。


 膝の上は本当にアルフレッドなら勘弁して欲しいので、ルナリアは素直に口を開いた。


 ルナリアが咀嚼する様子をじっと見ていたアルフレッドは、ルナリアの頬を撫で始めた。

 チラリとアルフレッドを見ると、空色の穏やかな瞳と視線が合った。


「ん?どうかした?」


 何故こんなにも愛おしそうな眼差しでルナリアを見るのだろう……。

 頬なんて散々触っているのに飽きないのだろうか。


「い、いえ……」

「そう?じゃあ、次は何が食べたい?」

 アルフレッドの瞳がキラリと輝いた。


「あ、あの……私そろそろお腹がいっぱい――」

「一口だけでも食べれば良いよ。残りは私が食べるから」

「そういう問題では――」

「大丈夫。ルーナは気にしないで良いよ」


 ……駄目だ。

 ルナリアの話を聞くつもりは無いらしい。



 ――ルナリアが無理矢理に近い感じでお菓子を食べさせられているのは、ルナリアがポロリと溢した失言のせいだった。

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