閑話〜侍女シェリーの呟き④

「ぐっ……。私のルナリア様は天使!」

「……シ、シェリー!?急にどうしたの!?大丈夫?」

「あ、申し訳ありません」

 慌てて口元からカップを外したルナリア様にペコリと頭を下げた私は、誤魔化すようにコホンと一度咳払いをしました。


 私の失態のせいで、危うくルナリア様に紅茶を吹き出させて、恥をかかせてしまうところでした。



 ――あの後、オルステッド公爵様によって正式に、ルナリア様の専属侍女として雇われた私は、その場で公爵様の真意を知ったのでした。


 この国の女性蔑視問題を憂いていた公爵様は、『娘の話し相手』という名目で、理不尽な境遇に置かれ令嬢達を公爵家に招き入れ、知識が欲しい者には知識を、力が欲しい者には力を。望む教養が得られる機会を与えているのだそうです。

 私、シェリー・アルダードも公爵様に選ばれた内の一人でした。


 専属侍女として必要な教養を学ぶ傍らで、一からの厳しい鍛錬を願い出ました。ルナリア様の危機に『自信がない』なんて言い訳を二度としないように、です。

 公爵様は快く承諾して下さり、優秀な師を付けて下さいました。こうして私は、自分の持つ力を存分に磨くことができるようになったのです。


 捕まえた男の供述で、身代金目的の犯行と判明しましたが……ルナリア様はベッドから出られなくなりました。

 起きている昼間はまだ大丈夫なのですが、夜になるとうなされて飛び起きてしまうために、体力が著しく低下してしまったのです。


 侍医の診断は『心の傷』。

 本人の意志とは関係なく恐怖がフラッシュバックしてしまうのだそうです。

 時間が解決してくれると、侍医は言いましたが、原因となっている心の傷が、今回のことだけのものではないことが分かっていたので、私はルナリア様が壊れてしまわないかと不安でした。


 ……正直に言えば、私がルナリア様に仕えることに決めたのは『同情心』からです。

 同類相憐れむ――とでも言うのでしょうか。

 まだ幼いルナリア様をお慰めすることができれば、過去の自分も救われるような気がしたのです。


 ――まあ、そんな『同情心』はすぐに『庇護欲』に変わり、そこから更に『忠誠心』に変わったのですから、私も大概ですわね。


 泣き叫びながら飛び起きるルナリア様を優しく抱き締め、宥め続けて一ヶ月。ようやく、ルナリア様の飛び起きる回数が減りました。


 ほっと胸を撫で下ろした矢先に起きたルナリア様の婚約と『鶏ガラ事件』。

 大切なルナリア様に暴言を吐いたアルフレッド王子殿下に、ナイフを放ちかけたのは余談です。

 ふふっ。まだまだ根に持っていますわよ?


 ……まあ、『鶏ガラ事件』があったからこそ、ルナリア様が完全に元気になられたのですが、それとこれとは別です。私の天使に暴言を吐いたことは死んでも忘れません。


 暴言へのをするために、頑張ってぽっちゃりになられたのに、逆に王子殿下から愛されてしまった可哀想なルナリア様。

 ルナリア様の様子から察するに、逃げたいみたいですが……難しいでしょうね。腹黒王子殿下のぽっちゃり好きは根が深いですもの。


 ……でも。


「ルナリア様。もし、殿下から嫌なことをされたら、私に教えて下さいね。天国へ招待して差し上げますから」


「え!?天国って……シェリー!流石にそれは駄目よ!」

「大丈夫です。殿下は王族の方なので、敬意を込めて苦しませないように、一瞬で済ませますから」

「敬意のはらい方が違うわよ!?」

「では、殿下の髪が薄くなるように呪いを――」

「それなら……って、駄目よ!?絶対に何もしちゃ駄目よ!?」


 ルナリア様が望むなら私は何でもしますよ?


「あー、もう!シェリー、口開けて!」

「え……?あっ……っ!」

 私がこれ以上、不敬なことを口走らないようにか、ルナリア様が私の口の中に無理矢理にチョコレートを押し込みました。


 口の中にチョコレートのまろやかで優しい甘さが広がります。


 ――まるでルナリア様のようだ。

 私はチョコレートを味わいながらそう思いました。


 カカオはそのままでは苦くて食べられたものではありませんが、丁寧に調理をして砂糖を加えれば、こんなにも優しいチョコレートになる。


 騎士になる願いは叶いませんでしたが、私はそれよりも大切なかけがえのない存在ものを手に入れました。


 ルナリア様は私の唯一の宝物です。


 私は襟元の菫色のボタンをギュッと握りました。

 ルナリア様の専属の証が私の誇りです。

 生きる意味です。

 ルナリア様を不幸にする奴は誰であろうと許しません。



 ――シェリーのスカートの中には、沢山の凶器あいが隠されている。



 女性のスカートの中には秘密がいっぱいなのです。くれぐれもご注意下さいませ?


「……え?シェリー、今、何か言った?」

「いえ、何も言っておりませんわ。ああ、紅茶のお代わりをお注ぎしますね」


 シェリーはにこやかに微笑みながら、ルナリアのカップに紅茶を注ぎ入れた。




 ――できることなら過去の自分に教えてあげたい。


『今は辛くとも、あなたは幸せになれるから、孤独を感じて苦しまないで』と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る