第9話 執着の理由
――アルフレッドはあの日から、飽きることもなく、ほぼ毎日オルステッド公爵家にやって来ては、ルナリアのぽっちゃりとした身体を堪能している。
ルナリアとアルフレッドは婚約者同士なのだから、親交を深めるのは良いことだし、仲が良いに越したことはない。
両家は生暖かい眼差しで二人を見守っている。
問題があるとすれば、ここが【愛の連鎖】というゲームの世界で、ルナリアが悪役令嬢の『ルナリア・オルステッド』であるということ。――アルフレッドが、ルナリアではなく可憐なヒロインと恋に落ちること、だろう。
婚約破棄されて殺される可能性のあるルナリアは、幼い頃にアルフレッドから暴言を吐かれた仕返しとして、ちょっとしたいやがらせをしてから、婚約破棄されるまでの間、彼とは距離を置くつもりだった。
死亡フラグ回避の最善策は、
彼等に近付かなければ冤罪扱いもできまい。
勿論、純粋可憐なはずのヒロインの中身が、真っ黒だった場合の対処もしている。
ヒロインの言動をまるっと鵜呑みにした攻略対象者達に、冤罪を仕立てられることがあるかもしれないので、王家から『盾』を一人お借りしている。
完全裏方の公正な盾は、ルナリアの無実を証言してくれるだろう。
盾には、万が一にもヒロインに寝返ることのないような人物を選んでもらっている。
……どんな人物か?それ聞いちゃう?
なんでも、亡くなった両親の代わりに年の離れた弟を育てているらしいが……弟を『天使』と呼び、目に入れても痛くないというほどに溺愛している重度の変――ブラコン。
弟に悪い虫が付かないように常に目を光らせているせいで、女性嫌いとの噂もある。
そんな人物ならば余程でない限り、ヒロインには落ちないだろうと…………信じている。困難を覆すのがヒロインなので、断言できないのが悲しいところだが、生きるための保険は大事なので。
死亡フラグ回避のために、この世界で最も嫌われる要素である『脂肪』を身に付けたルナリア。
死亡フラグの回避のための『脂肪』が、アルフレッドの気を引いてしまうだなんて想像だにしていなかったYO。……コホン。由々しき事態である。
「……
「問題無い。ルーナがふくよかなことに何の問題がある?」
『醜く太った公爵令嬢』
ルナリアはそんな評判なんか痛くも痒くもないが……これが世間の評判なのは事実である。
アルフレッドは第一王子なので、アルフレッドと結ばれるということは、未来の国母になることを指す。……そんなことになったら貴族達の反乱が起きそうだ。
そもそもヒロインはどうするつもりなのか。
「国の品位を問われますわ」
「そんなことを言うのは頭の硬い貴族の連中だけだろう?奴らから爵位を取り上げてしまえば良い」
「殿下、そんなことを言ってはいけませんわ。その皆さんが国を支えて下さっているのは事実ですもの」
「それは私も分かっている」
ルナリアが冷静且つ、真剣に説得しようとしているのに対して、アルフレッドは段々不機嫌になってきた。
……ぽっちゃり体型の妃なんてそうそういないでしょうが。
「そもそも、友好国にはふくよかな王妃もいるのに、この国だけ駄目だなんておかしいんだ」
「……そうなのですか?」
「ああ。例えば、南の小国カンツイアだ。ふくよかな女子の方が子宝に恵まれるとして好まれている」
南の小国カンツイア。
ルナリアはその国の名前しか知らなかったが、アルフレッドは交流があるそうだ。
熱帯気候の土地で、野生の動植物が多いために、か弱い女性よりも生命力溢れる逞しい女性が望まれるそうだ。
「あそこには私と同い年の王子がいるのだが、三人のふくよかな嫁がいる。いずれもふくふくとした可愛らしい女性達だったな」
アルフレッドはルナリアの頬をつまみながら、にこやかに頷いた。
ふくよかなお嫁さんが三人も……!?
「美の基準は人それぞれだ。私は細いだけの女性よりも触り心地も良くて可愛いルーナが好きなんだ」
アルフレッドの指先がルナリアの頬を撫でた。くすぐったさに身体を竦めると、アルフレッドは瞳を細めた。
「私が王になったら、コルセットの使用を禁止にしようと思っている」
「禁止……ですか?」
――『コルセット』。
アルフレッドは、この世界の人々が美や細さを求めて執着するコルセットに対して、真逆の嫌悪する意味で執着している。
「あんな不健康なものはこの国には――いや、この世界には要らない。君にはその協力をして欲しいんだ。女性達はもっと自由であるべきだから」
お世辞にも細いとは言えないルナリアのお腹に両手を伸ばしたアルフレッドは、ルナリアを抱え込むようにしながらソファーに座った。
「殿下は相変わらずコルセットがお嫌いなのですね」
「大嫌いだね。あんな物が好きな男達を心の底から軽蔑する」
きっぱりと言い切り、甘えるようにルナリアの頭に頬をすり寄せるアルフレッドに、ルナリアは溜息を吐きながら苦笑いを浮かべた。
――アルフレッドは物心ついた頃から、女性達に対してとある疑問を抱いていた。
『どうして女性達は顔色が悪いのだろう?』と。
その原因がコルセットによる過剰な締め付けであるということが分かった時、
『どうして、女性達は身体に悪いことをするのですか?』
幼いアルフレッドは王妃である母に質問した。
過剰に身体を締め付けるコルセットのせいで、気絶する令嬢や夫人達をたくさん目にしてきたからこそ生まれた疑問だった。
同時に、それが当たり前であるかのように受け入れている女性達や、コルセットを身に着けていることを喜ぶ男性達に違和感を覚えた。
『男性が甲冑を着て戦場で戦うように、女性にもコルセットを身に着けて戦わなければならない場所があるのよ。綺麗でなければ直ぐに蹴落とされる。コルセットは私達の美しさを守る鎧なの』
そう言った母の凜とした横顔は美しかったが、アルフレッドには母の言葉の意味が理解できなかった。
甲冑は実際の戦場を生き延びる――言わば生死を分けるものだ。
身体を矯正するだけのコルセットは全く重みが違うだろう、と。
身に着けているからといって攻撃を防げる訳でもなく、ましてや負担になる甲冑なんて邪魔でしかない。
そうまでして得られる美しさとは……一体何なのだ、と。
母もコルセットで身体を締め上げているせいで、常に顔色が悪そうだった。
顔色の悪さを鮮やかな頬紅の色で誤魔化すのだ。
不自然な形で矯正された美よりも、自然体の方がずっと美しいのに…………。
「私もコルセットは好きではありませんけど」
ルナリアはアルフレッドの頬に触れるサラリと手触りの良い金色の髪をそっと梳いた。思い悩むアルフレッドを慰めるように、優しく、何度も……。
「君はコルセットなんて二度と身に付けなくて良い。……そうしてくれ」
「ふふっ。そんな簡単なお願いなら聞いてあげてもよろしくてよ?」
敢えて傲慢な令嬢のようにわざとらしい口調で話すルナリアに、アルフレッドの口元が弛んだ。
「頼むよ」
「我が儘な王子様ですわね」
髪を撫でる手をそっと握ると、ルナリアはクスクスと優しい声で笑った。
「……ああ。私はとても我が儘なんだ」
アルフレッドはルナリアの手を自らの頬に当てた。
「だから、殿下じゃなくて名前で呼んで?」
「……!?」
ルナリアの垂れぎみな大きな瞳が丸くなった。
……可愛い。
「殿下……」
「アルフレッド、だ」
「……アルフレッド様」
「そうだ。それで良い」
困った顔をしながらも、アルフレッドの我が儘を受け入れてくれる優しいルナリア。
ルナリアは、アルフレッドの燻り続けていた感情をいとも簡単に粉砕してくれた。
見栄えだけの良い、好きでもない令嬢と結婚をして国を支えていく未来にうんざりしていただけに、ルナリアの変容は嬉しい誤算だった。
――決してこの手を離しはしない。
アルフレッドはルナリアを見つめながら笑った。
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