第8話 後悔先に立たず
――想定外のことが起こりまくりのデビュタントの翌日。
ピンク色の薔薇の花束を持って、アルフレッドがオルステッド公爵家にやって来た。
「本当にすまなかった」
開口一番に告げられたのは五年前の謝罪。
「あの時は色々あって……未熟な私は、幼い君に八つ当たりをしてしまったんだ。今頃謝っても許されないのは分かっているのだが……どうか、誠意だけでも受け入れて欲しい」
公の場ではないものの、王子に深々と頭を下げられているこの状況は、あまりよろしくない。
「殿下、頭をお上げになって下さい!謝罪はきちんと聞かせて頂きますから!」
何とかアルフレッドの頭を上げさせたルナリアは、そのままソファーに座らせた。
ルナリアの向かい側に両足を揃えて行儀よく座るアルフレッド。
しゅんと眉を寄せる顔は、可愛くて推せる…………じゃなくて。
『今頃謝ったって許さないんだからね!?』と、ツンデレモードが発動しそうになるが、アラサーの美月の記憶があるルナリアには、ややハードルが高い。
下手なことを言ったら恥をかくのが分かっているので、そっと胸の奥にしまい込む。
しおらしいアルフレッドの様子を見る限り、当時の彼にも思うところがあったのかもしれないが……あの時のルナリアには、加害者側の事情まで考える余裕なんてなかった。
どう考えても悪意に思えなかったのだから、仕方ない。
「では、どうして今頃になって謝罪をするおつもりになったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
これ位の皮肉は許されるだろう。
前世の推しキャラとはいえ、言って良いことと悪いことはあるし、王族だからといって謝れば許されるなんて簡単に思って欲しくない。大事なのは心からの謝罪だ。
「本当はずっと、謝りたかったんだが……」
アルフレッドは、膝の上で手を握り締めながらポツリと呟いた。
「青白い顔をした君に会ったら、また同じことを言ってしまいそうで……踏ん切りがつかなかった」
「青白い……?私の顔色はそんなに悪かったのですか?」
「少なくとも私にはそう見えた」
アルフレッドは大きく頷いた。
空色の瞳はとても澄んでいて、嘘を吐いているようには思えない。
――あの時のルナリアは、緊張こそしていたが、決して体調は悪くなかった。
病弱でも虚弱体質でもないし、健康体そのものである。まあ、少し前に誘拐されそうになって刃物を突き付けられたショックで前世の記憶を取り戻したりと、精神的には不安定だったけれども。
「庭園を散策している時、しゃがんだ君の背中にコルセットの紐がうっすらと見えたんだ。……こんな子供の内からコルセットを強要させてられているのかと思ったら、腹が立って我慢ができなかった」
……コルセット?
予想外の言葉に、ルナリアはパチパチと何度も瞬いた。
――確かにあの日は、コルセットを着けていた。それがこの世界では当たり前だからだ。
朝食もそこそこにコルセットを締め上げられた記憶がある。
「手足は折れそうに細いし、顔は青白い。いつ倒れてもおかしくない様子に、私は内心ぇとてもハラハラしていたんだ」
なんと、アルフレッドが無口だったのは、ルナリアを心配するあまりに、倒れた時の対処を考えていたからだったそうだ。
と、同時に幼い子供にコルセットを着けてさせた大人達に怒っていたらしい。
「子供の君に八つ当たりしても意味のないことだと分かっていたのに……本当にすまなかった」
アルフレッドは再度深々と頭を下げた。
あの日のとんでもない暴言の全てが、ルナリアをはじめとした女性達を気遣ってのことだったなんて――――分かるか!
子供だったとはいえ、不器用にも程がある。
こちらは『鶏ガラ』だの『気味が悪い』まで言われているのだ。
ルナリアじゃなくても当然怒るはずだ。
だけど、こうして理由を知った今は、あんなにもいやがせをすることにムキになっていた自分にも反省するところがあった――とは微塵も思わないな。あの暴言はそれだけ酷かった。
「分かりました。殿下の謝罪はお受けします」
だけど……凄く甘いかもしれないけど、推しに本気で謝られたら、許しちゃうじゃないか。
「許してくれるのか……!」
「あの時に理由を話していただけたら……という憤りはありますが、当時の私にはどうすることもできないことでしたし。それよりも一番不思議に思っていることがあるのですが……」
「何かな?」
「『会ったらまた同じことを言ってしまいそうで怖かった』私への謝罪をどうして今なさるのでしょうか?」
謝罪をするつもりなら、昨日の内に済ませてしまえば、わざわざ我が邸に足を運んだりと、二度手間を踏むこともなかっただろうに。
「…………気が変わったんだ」
「気が変わった……ですか?」
「ああ、そうだ。気が変わったんだ」
ルナリアよりも先にアルフレッドがゲストルームに来ていたのは、謝罪をするためだったそうだ。
「笑わないで聞いて欲しいのだが……昨日の内に謝罪をしてしまえば、君との関係がそれっきりで終わってしまうと直感したんだ」
――アルフレッドの直感は正解だ。
いやがらせを果たした(?)ルナリアは、ヒロインが召喚されるまで、アルフレッドとは距離を置くつもりだった。
不毛な気持ちを育てるほど被虐的な性格ではないからだ。
「婚約してるのにおかしいだろう?」
アルフレッドは苦笑いを浮かべた。
――婚約してたって、アルフレッドは簡単に破棄できる側なのだ。ルナリアの気持ちを無視して、ヒロインを選んでしまう。
そして、ルナリアを…………。
「せっかく会えた君と繋がりが無くなるのは嫌だから、こうしてまた君に会うために謝罪を引き延ばしにしたんだ」
アルフレッドは頬を赤く染めながら、真っ直ぐにルナリアを見つめてくる。
「私は、どうしても君に会いたかったんだ!」
……どうしてアルフレッドがそんなことを言うの?
ドクンとルナリアの心臓が大きく跳ねた。
アルフレッドはルナリアが好きだとでも言うつもり!?
「お願いだ……!」
切実な顔をしたアルフレッドがテーブル越しに、ルナリアに迫ってきた。
「君の身体に触れさせて欲しいんだ!!」
「……………………は?」
眉間にシワを寄せて嫌悪感を露にしたルナリアは、アルフレッドから逃げるように身体を引かせた。
まさかの身体目当て……って。
胸の高鳴りを返せ。
「ご、誤解しないで欲しい!性的な意味ではなくて……あの……その、私はふくよかで柔らかいものが好きで……触っていると落ち着くだろう!?」
「……申し訳ありませんが……おっしゃっている意味が全く分かりません」
「ルナリア嬢。お願いだから、君に触れる許可をくれないか!?昨日の感触が忘れられないんだ……!」
ルナリアが更に逃げるように身を引かせると、アルフレッドがルナリアの座るソファーへと回り込んで来た。
それだけでなく、逃がさないとばかりに、がっちりとルナリアの両手を握り締めてから隣に腰を下ろした。
退路を絶たれたルナリアは、ヒクヒクと口元をひくつかせた。
――『昨日の感触』とは、デビュタントでルナリアの手を取った時のことだそうです。
許可なく勝手にルナリアの手を握り締めたアルフレッドは、それだけで既に嬉しそうだった。うっとりと瞳を細めながら、指を滑らせている。
「ちょ……!?」
「……やはりこれは良い」
「離して下さい!」
「むちっとした弾力……ああ、癒される」
……………聞いちゃいない。
ただ、頬擦りされるわけでも、舐められるわけでもなく、ただ握手をするようにむぎゅむぎゅっと握られているだけなので、ルナリアが少しの間、我慢すれば満足してすぐに飽きるだろう。
ルナリアは自らの手を意識から切り離した。
そうしないと色々とおかしくなってしまいそうだったからだ。
――死んだ魚のような目になってしまうのは、どうしようもない。
この日からアルフレッドは、ほぼ毎日オルステッド公爵家を訪れるようになったのだった。
――ルナリアを愛玩するために。
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