第7話 予想外な展開
硬い床の上に転がったはずなのに、ルナリアの身体は少しも痛みを感じなかった。
ぽっちゃりな身体が衝撃を吸収したの!?
それってある意味万能じゃない!?
そんな馬鹿なことを考えて笑いながら瞼を開けたルナリアは、ギクリと身体を硬直させた。
「……っ!?」
何故ならば、ルナリアのすぐ目の前にアルフレッドの綺麗な顔があったからだ。
「大丈夫?」
爽やかな空色の瞳の中に、にやけ顔のルナリアが写り込こんでいた。
なんと……近距離で見る美形の攻撃力の凄まじいことか。
それでなくとも大好きな推しの顔だ。
あまりにも神々しすぎて眩暈がしそうだ。
「……あ、あの……はい!」
ルナリアはブンブンと首を縦に振った。
「巻き込んですまなかった」
「い、いえ!」
咄嗟に身体を起こしかけたルナリアは、自分の身体の下にアルフレッドの身体があることに、今気付いた。
ど、ど、どうしてこうなってるの!
床に転がる寸前に手を強く引かれた気がしたけど――あの時!?
「……君はコルセットを着けていないんだな」
「……え?」
アルフレッドの小さな呟き声は聞こえなかった。
「いや、何でもない」
聞き返したが、首を横に振られてしまった。
「身体を起こすから掴まっていてくれ」
「え……ちょ……!?」
追及する間も無く、アルフレッドはルナリアを上に乗せたまま事もなげに半身を起こすと、あぐらをかいた太腿の上にルナリアを座らせた。
そのせいでさっきのことが有耶無耶になってしまったが……それどころではない。
……これはまずい。
かーなーり、まずい状況になった。
何がまずいかって、今のルナリアは絶讃(?)増量済なのだ。
つまり、普通の令嬢よりも重量があるわけで…………早く退けないとアルフレッドが潰れてしまう!
「し、失礼いたしました!」
ルナリアは両手を床につけて身体を支えようとした。
それでなくともぽっちゃりのルナリアを庇って床に倒れているのだ。
怪我なんかしていたら大変なことになる。
早くアルフレッドの傷の有無を確かめなくてはいけない。
……不敬罪で殺されるのはご免だ!
だが、ルナリアの腰にガッチリと回されたアルフレッドの腕は離れる気配がない。
「無闇に動くとドレスが汚れるよ」
そう言って瞳を細めて微笑むアルフレッドに、ルナリアは困惑した。
床についたはずの両手は、アルフレッドのハンカチで拭われて、いつの間にか自分の膝の上にちょこんと戻されており、アルフレッドの両手もまたルナリアの腰に回されていた。
「……離していただけませんでしょうか?私、重いので……このままだと殿下のお身体に支障が出ると思うのです」
笑顔のアルフレッドを見上げながらおずおずと告げると、腰に回されている腕に力が篭もった。
「いや、全く問題ない」
『全く問題ない』……って、色々と問題ありすぎでしょう!?
ルナリアは益々困惑した。
アルフレッドの行動の意味が分からなかった。
婚約してからの交流はほとんどなく……唯一、二人を繋いでいたのは手紙交換だったが、ルナリアからアルフレッドに歩み寄るような内容の手形はない。
いやがらせの下準備でもあったが、推しへの愛が深まらないようにするためにでもあった。
せいぜい義務的な近況報告止まりで、どんなに記憶を捏造しても、アルフレッド側からも甘い内容の手紙が届いた記憶はない。
ルナリアとアルフレッドの関係は、形だけの婚約者同士だったはずなのだ。
……そろそろ離してくれないかな。
困惑が通り過ぎたルナリアは、段々とうんざりしてきた。
ルナリアを離さない理由が、『鶏ガラ』から、『丸々とした醜い姿』になったことへのいやがらせだというなら理解できる。
男慣れしていないルナリアをからかって弄んでやろうと考えているのかもしれない。
……まあ、そんなの好き勝手させないけどね。
離してくれないのなら自分でどうにか逃げれば良い。我ながら単純明快な打開策だ。
ルナリアは早速、腰に回されたアルフレッドの腕を剥がすことに集中した。
この間は無防備に体重を預けることになってしまうが、背に腹はかえられない。
アルフレッドと接触し続けていることの方が精神的にきつい。
間近に推しの綺麗な顔があるかと思うと緊張して落ち着かないのだ……。
「ふ……んっ!」
両手に力を込めて、アルフレッドの腕を剥がそうとするが……ビクリとも動かない。
それどころか、体重を預けて密着しているせいで、『思ったよりもしっかり筋肉が付いているんだなー』なんて余計なことに気付いてしまった。
ルナリアのようなぽっちゃり令嬢が上に乗っていても全然平気そうだし……そういえば、ルナリアの身体を普通に持ち上げていたな…………って、乙女か。
変にアルフレッドを意識をしたせいか、上手く力が入らなくなってしまった。
接触している部分ばかりが気になってドキドキしてしまう。
……アルフレッドは駄目だ。
ルナリアを殺してヒロインを選ぶアルフレッドなんて…………絶対に駄目。
でも、推し……尊い。
雑念を振り払うように、ブンブンと何度も頭を左右に振ると、『ぷっ』と堪え切れずに吹き出したような笑い声が聞こえてきた。
その笑い声でルナリアは我にかえった。
アルフレッドの腕を引き剥がすことを忘れて、余計なことを考えていた。
その間の無防備な自分をアルフレッドに見られていたかと思うと、無性に恥ずかしくなる。
「あははっ」
白い歯を覗かせながら子供のように笑うアルフレッドの姿に、ルナリアの心臓はズキッと痛んだ。
ヒロインと無邪気に笑い合うアルフレッドのスチルと同じ笑顔だったからだ。
久し振りに会ったアルフレッドは、寡黙で無表情だったあの時のアルフレッドとは違っていた。
こんな風にアルフレッドを変えるのは、ルナリアの役割ではない。
アルフレッドを取り巻く人達と――ヒロインの役割だからだ。
ルナリアはこの世界において
……どうして私はヒロインではなく『ルナリア・オルステッド』に転生をしてしまったのだろうか。
アルフレッドから視線を逸らして俯くと、暖かい手がルナリアの両頬に添えられた。
触らないで。……
キッと睨み付けながら頭を振って振り払おうとした瞬間――
「ふえ……っ!?」
ムニッと両頬が横に引っ張られた。
突然のことで思わず変な声が出た。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
「……ふぁにをひて……いらっひゃるのれすか?」
ルナリアはジト目でアルフレッドを見上げた。
「さあ、何でだと思う?」
アルフレッドは瞳を細めながら、ルナリアの頬の感触を楽しむかのようにムニムニと引っ張り続ける。
ルナリアの頬はお餅のように柔かく、とてもよく伸びる。
……それが気に入ったのだろうか?
「……ふぁかりまひぇん」
ムニムニと頬を引っ張られたままでは、言葉もこの状況も締まらない。
「そうか」
ルナリアの頬を引っ張るのを止めたアルフレッドの手が、ルナリアの顔を包み込んだ。
アルフレッドは、ルナリアの直ぐ目の前でにっこりと笑うと、ルナリアを横抱きにして立ち上がった。
一連の動作を危なげもなくやってのけたアルフレッドは、ルナリアを床に立たせると、ドレスの裾の汚れをさっと払った。
「さて、婚約者殿。そろそろデビュタントが始まるよ」
慣れた手つきで白い手袋をはめると、その手を呆然としているルナリアに向かって差し出した。
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