第6話 意気揚々

 会場に到着したルナリアに向けられたのは、貴族達からのたくさんの嫌悪の眼差しだった。

 そんなのは想定内だったし、望んでこの体型になったルナリアにとっては痛くも痒くもない視線だ。


「出番を楽しみにしているぞ」

「じゃあ、頑張ってね」

「はい。お父様、お母様」

 ここまで一緒に来たルナリアの父親のレイモンドと母親のケイトに、しばしの別れを告げたルナリアはゲストルームに向かった。


 ――因みに、ルナリアの両親はどんな姿のルナリアでも受け入れて愛してくれる優しい人達であった。徐々に体重を増やしていく娘に注意することもなく、今までずっと見守ってくれていた。……大切な家族だ。


 ゲストルームに到着したルナリアは、窓際に金色の髪の人物が立っていることに気付いた。

 この部屋に用事のある金色の髪の人物は、一人しか心当たりがない。

 ギリギリの時間にならないと現れないだろうと、ルナリアが勝手に思っていた人物である。


 金色の縁取りのある黒のスーツを華麗に着こなす、すらりとした長身の男性。

 ――アルフレッドだった。


 まさかこんなにも早く入室しているとは思わなかった。

 予想外の展開にルナリアは動揺してしまう。


「……で、殿下。お待たせして、申し訳ありません」

 動揺しながらもアルフレッドに向かってカーテシーをした。


 ……しっかりしなさいルナリア。

 は堂々としなければ様にならないのだから。


 アルフレッドから視線を逸らしたことで少しだけ動揺が薄れてきた。


 カーテシーをするために頭を下げたので、アルフレッドの表情は見れなかったが……驚いたようにヒュッと小さく息を飲み込んだような音が聞こえたのは分かった。


 ……先ずは、第一段階クリアかしら?

 アルフレッドは婚約者の無惨な変わり様に、とても驚いているはずだわ。


 ニヤけて弛みそうになる頬と口元にぐっと力を込めながら顔を上げたルナリアは――


「お久し振りですね。本日はどうぞよろしくお願いいたしま…………す?」

 瞳を大きく見開いたままコテンと首を傾げた。


 語尾が疑問形になってしまったのは、アルフレッドが真っ赤な顔でルナリアを凝視していたからだ。


「……殿下?」

「あ、……ああ。よろしく頼む」

 気まずそうな顔をしたアルフレッドは、ルナリアからサッと視線を逸らす。


 ……どういうこと?


 アルフレッドの表情は予想外のものだった。

 ルナリアの状況判断が間違っていなければ、アルフレッドは分かり易いほどに照れていた。嫌悪感を向けられたり、罵倒されることは想定していたが……照れられるようなことは何もしていない。


 ……もしかして、ドレスに問題でもある?

 露出し過ぎ……じゃないよね?

 身体のラインはバッチリ見えるデザインだけど、ドレスの裾は長めだし……。


 何気なくクルリと一回転してみせると、更にアルフレッドの顔が赤く染まった。


 ……訳が分からない。


「殿下、大丈夫ですか……?」

 婚約者の変貌っぷりがあまりにもショックで、怒るどころでなく、一周回っておかしくなってしまったのだろうか。


 不敬だと思ったが、背伸びをしたルナリアは、アルフレッドの額にそっと手を伸ばした。


「……っ!」

 額にルナリアの手が触れると、アルフレッドが唇を噛み締めた。


「申し訳ございません。不快でしたでしょうか?……ですが、熱はないようで安心いたしました」

 笑顔を取り繕いながら急いで手を引こうとすると、その手をアルフレッドに掴まれた。


「殿下……?」

「……違う」

「え……?」

「私はアルフレッドだ」

「ええ、存じ上げています」


 切羽詰まったようなアルフレッドの視線が真っ直ぐにルナリアを捉えている。

 ルナリアはまた首を傾げた。


 目の前にいるのが婚約者のアルフレッドであることぐらい、言われなくても分かっている。ルナリアはアルフレッドを『殿下』と呼んでいるではないか。


 五年振りに再会したアルフレッドは、昔よりも更に背が高くなったし、色気を含んで美形度が増していた。

 サラサラとした金色の髪は触ったら心地よさそうだし、爽やかな空色の瞳には吸い込まれてしまいそうだと思った。


【愛の連鎖】のアルフレッド一番推しの美月としては、目の前にいるのがアルフレッド本人であることを微塵にも疑ってはいないのだが……変貌しすぎてて認識されていないのはルナリアの方かもしれない。


 突然現れたぽっちゃり令嬢に動揺している?

 だったら、あの時に言われた暴言を返してやれば、ルナリアだと気付くだろう。


「……殿下が『君の身体は鶏ガラのように貧相すぎて気味が悪い』と、おっしゃったのではないですか。こ、このような醜い体型の私が、お、お好みなのですよね?」

 悪役顔を作ってドヤるのも忘れるくらいに、ルナリアも動揺していた。


 ルナリアよりも身長の高いアルフレッドを見上げながら、掴まれたままの手に自らの手を重ねて、ぎこちなく首を傾げると――


「……ぐっ!?」

 片手で顔面を覆ったアルフレッドの身体がぐらりとよろめいた。


「……え?……ええー!?」

 よろめいたアルフレッドは、そのままルナリアを巻き込むようにして床に倒れ込んだ。

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