第5話 ギャフンと言わせたい

 ――遂にこの日がやってきた。


 準備は全て整った。

 アルフレッドを『ギャフン』と言わせられるこの日を、ずっと心待ちにしていたのだ。

 婚約した日に『君の身体は鶏ガラのように貧相すぎて気味が悪い』と暴言を吐かれたあの日からずっと、ずーっと。


 あの後、アルフレッドは直ぐに全寮制の学院に入学してしまったし、ルナリアはこの時の為の準備で手一杯だったので、ほとんど顔を合わせることはなかった。


 盛大なの舞台は、ルナリアの十七歳のデビュタントの日に決めた。

 貴族の令嬢にとって大切な日だからインパクトは絶大だ。


 デビュタントは婚約者がいない令嬢の場合、父親や兄弟、親戚の男性にエスコートを頼むのだが、ルナリアのエスコートの相手は否応なしにアルフレッドである。

 不参加になんて絶対にさせない。

 この日の為の根回しは済んでいる。


 ……ふふふっ。

 なんて、可哀想なアルフレッド……!


 アルフレッドは、綺麗に成長した婚約者ルナリアではなく、残念な成長を遂げたの婚約者のパートナーとしてデビュタントに参加しなければならないのだ。


 ルナリアが実行したいやがらせは――ずばり『太る』こと。


 この世界……特に貴族社会では、細身の女性が好まれる。

 だからこそ女性達は、身体が出来上がらない少女の内からコルセットを身に付けて、体型を矯正するのだ。

 コルセットに余裕ができたら更に小さいサイズのものに変えて、また絞る。

 コルセットで矯正された折れそうに細い腰と、メリハリのある身体――それがこの世界の美しさなのである。


 ルナリアの今の容姿は、美の基準から外れている。健康的と言われる体型よりも更にむっちりとした肉付きの『ぽっちゃり体型』をしている。

 痩せ型の女性が「わたし、ぽっちゃりだから~」と言うようなレベルではない。


【愛の連鎖】のルナリア・オルステッドは、誰もが羨むような美貌と、折れそうなほどに細く矯正された腰と豊かな胸という、抜群のスタイルをしていた。

『綺麗な少女が闇落ちする姿を描きたかった』という制作側の裏事情による。


 美しく成長するのが確定している少女に生まれ変われるのは嬉しいが……殺されることを前提に与えられた美貌なんて、少しも嬉しくない。だったら平々凡々のまま長生きしたい。


 綺麗な姿で存在することが死に繋がるのなら、原作のルナリアとかけ離れた容姿になってしまえば、例え物語ストーリーが始まったとしても巻き込まれたりしないのでは?と考えたのだ。

 この世界の基準が浸透している攻略対象者達ならば、まず近寄って来ないだろう、と。


 アルフレッドへののついでに、婚約解消もできて、更にバッドエンドが回避できるならば、一石二鳥ならぬ、一石三鳥である。


 この日の為にルナリアが特別に用意したドレスは、ぽっちゃり体型を存分に引き立たせてくれるピッタリと身体に沿ったデザインのドレスだ。

 身体を細く見せてしまう暗色ではなく、敢えてパステルピンクという膨張色を選んだ。

 マシュマロのようなプニプニでポヨポヨな身体を矯正してしまう窮屈なコルセットは、身に付けていない。

 この日の為に作った特製の下着を着けているだけだ。

 美月の世界にあったボディースーツに似せた、現代版のコルセットのような物だが、全く締め付けはない。胸が垂れないようにバストラインを綺麗に整えてくれる。



 さあ。戦闘開始だ。


『あなたが『君の身体は鶏ガラのように貧相すぎて気味が悪い』と、おっしゃったのですよわ。この醜い姿の私が殿下のお好みなのですよね?』

 物語に出てくる悪役のように、皮肉気に顔を歪めながら言い放ってやるのだ。


 アルフレッドはどんな顔をするだろうか?

 少しは自分の過去に罪悪感が芽生える?

 それとも、視界にも入れたくないと、嫌悪感丸出しの表情をする?

 ……ああ、舌打ちなんかされたら、それはそれで面白い。

 あの日の自分の暴言を後悔すると良いんだわ……!


 推しに対するいやがらせとしては正直どうかと思うが……アルフレッドに殺されてしまう未来があるかもしれないのだ。

 その仕返しを先にするのだと思えば、こんなのは可愛らしいである。


 このが終わったら……陰ながらアルフレッドの幸せを心から願う。

 誰にも迷惑をかけることなく生きていくのだ。

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