第4話 最高で最悪な出会い
初めてアルフレッドと出会ったのは婚約した日のこと。ルナリアが十二歳で、アルフレッドは十五歳の時だった。
「後は、未来ある若者同士で……」
王城に招かれたルナリアは、お見合いの席でよく使われるという言葉を異世界に転生して初めて聞いた。
『あはは』『おほほ』と上品な笑みを浮かべながら足早に立ち去って行く大人達。
「え……えっ!?」
両親に向かって伸ばされたルナリアの手が虚しく宙を漂う。
二人きりで残された庭園。
年が近いからといって、今まで殆ど話したこともない相手と、そう簡単に会話が弾む訳がない。
二人の間に流れる沈黙が、ルナリアの胃をキリキリと締め上げていく。
大人なら、初対面の相手と二人きりという気まずさが分かるはずだ。
美月にとっては、推しとの奇跡の対面なのだが……。
ルナリアのとっては、一生会いたくなかった
嬉しいのに複雑。
ルナリアとして生まれ変わっていなければ幸せだったのに……!
ルナリアは、叫び出したくなる気持ちを必死に堪えた。
目の前の
ここは円滑に済ませる為にも、中身年齢が年上の私がリードするべきだろう。
ルナリアは胸に手を当て、二度、三度と深呼吸を繰り返した。
「……殿下。
ピクピクと頬を引きつらせそうになりながら、どうにか笑顔で提案すると、アルフレッドはルナリアをジッと見つめた後に無言でコクリと頷いた。
ああ、良かった……。
ルナリアは安堵した。
『案内して下さいますか?』とは敢えて言わなかった。
こんな状態で付き従ってたら、緊張のあまりに息が詰まってしまいそうだった。
歩き出したルナリアの後ろをアルフレッドが黙って付いて来るので問題はない。
綺麗な花を見ながら歩いていれば、無理に話題を作らなくても良いし、少なくとも沈黙と……推しに出逢えて浮き足立ったこの気持ちを誤魔化すことも可能だろうから。後は勝手に時間が流れてくれる……はず。
ルナリアは庭園の中を自由に歩き始めた。
生まれた時から馴染みのあるアルフレッドからすれば、面白くも何とも思っていない庭園かもしれないが、ルナリアは違う。
ゲームの中で描かれていた風景が目の前に広がっているのだ。
ビバ!生庭園!!
庭園がこんなにも広い空間で、色とりどりの花が咲き誇る、良い匂いのする場所だったなんて……!
推しと同じ空間で体感できているのが、正に夢のようだ……!
これで私がルナリアでなければ…………なんて、今考えても無意味だ。
今はファンとして庭園に集中しなくては。
あ、この花……。かすみ草に似ていたのね。
ルナリアは、小さな白い花をたくさん咲かせた花壇の前でしゃがみ込んだ。
かすみ草は前世の美月が好きだった花だ。
ルナリアもかすみ草に似たこの愛らしい花を好んでいたが、前世の好みが影響しているせいだったのかもしれない。
他にも似た花ってあったかしら?
立ち上がったルナリアはキョロキョロと辺りを見渡した。
そうして、前世で馴染みのある花に似た物や、前世でも今世でも珍しい植物を見つけては、立ち止まる。
アルフレッドとの婚約は不本意だが……この庭園にこれたことは純粋に嬉しい。
この綺麗な庭園に頻繁に来られるのなら、婚約者という立場も悪くはないかもしれない。――なんてことを思ってしまえるほどに充実感を得た。
ルナリアは目の前のピンク色の花の匂いを嗅ぎながら、チラリとアルフレッドを見た。
寡黙で無表情。
姿絵はにこやかな顔で描かれていたのに、愛想笑いの一つすら浮かべていない。
ルナリアとの婚約は、アルフレッドにとって不本意なことだったのだろう。
彼の表情がそう物語っている。
ズキリと胸が痛んだ。
やはり、アルフレッドにはヒロインでなければ駄目なのだ。
ヒロインと結ばれる運命なのに、
――ゲームをしている時は、そう思っていた。
だけど、本当に可哀想なのは
アルフレッドが好きで、彼との結婚を夢見ていただけなのに、ヒロインに奪われた挙句に、戒に飲み込まれて――有無を言わさずに殺されてしまったルナリア。
ゲームの中でルナリアは、アルフレッドに一目惚れをしていたが、今のルナリアは、美月の記憶が混じっているせいか、推しとして好んではいるが、恋愛感情には発展していない。
大好きな推しの婚約者になれても、この婚約はヒロインが召喚されるまでの形ばかりのもの。……アルフレッドがルナリアに恋愛感情は抱くことはない。
あと数年で解消されるのが確定されているのに、アルフレッドに恋なんかしたら戒に飲み込まれて殺されるだけ。
……そんな不毛な恋はしたくない。
ルナリアにできることは、適切な距離感を維持しつつ、可もなく不可もない関係を装うこと。
ルナリアに非が無ければ、婚約を解消されても傷にはならない。
浮気をするのはアルフレッドとヒロインだ。婚約者を奪われた悲劇の令嬢として、療養地に引っ込んで趣味に没頭して生きるのも良いだろう。
傷物扱いされて誰かの後妻にされるなら、その前に逃げてしまえば良い。
前世が日本人のルナリアにとって労働は苦ではないし、結婚願望も実はそんなにない。
市井での暮らしの方が、窮屈な公爵令嬢よりも性に合っている気がする。
……でも、そうだな。
ちょっとでも楽に暮らせるだけの資金は貯めておこう。
大好きな推しと同じ世界で生きていられるだけで十分幸せだ。
……アルフレッドの隣に居られるのが私でなくても。
花の匂いを嗅いでいるフリをしながら静かに鼻を啜ると、今まで黙っていたアルフレッドから思いもよらない衝撃的な言葉が発せられた。
「君は鶏ガラのようだな」
「…………はい?」
ルナリアは条件反射で聞き返していた。
……と、鶏ガラ!?
鶏ガラが何であるかは、前世の知識込みで知っているが……どうしてアルフレッドからその発言が出たのかが分からない。
「ええと……、
「ああ、言った。君の身体は鶏ガラのように貧相で気味が悪い」
アルフレッドは、先ほどまでの無表情が嘘だったかのように、顔中に不快感さを露わにしていた。
……聞き間違えじゃなかった。
しかも、更に『気味が悪い』が追加された。
ルナリアは瞳を見開いたまま呆然とアルフレッドを見た。
推しからのまさかの暴言。
『相手はまだ子供よ!』と、頭の片隅で誰かが語り掛けている気がするが無視する。
「……っ」
ルナリアはギュッと唇を噛み締めた。
3.14159 26535 89793 23846 26433 83279…………
深呼吸をしながら目を閉じて、頭の中で円周率を思い浮かべる。
…………よし。少し落ち着いてきた。
暴言を吐かれたとはいえ、相手は王族だ。
余計な火種は作りたくな――
「……張り合いもないのか」
ルナリアが言い返さなかったのがつまらなかったのか、アルフレッドは興味をなくしたようにまた無表情に戻った。
ルナリアからさっさと視線を逸らしてしまう。
……はあぁぁ!?
『かわいさ余って憎さ百倍』である。
天真爛漫で可愛い守りたくなる系の
――それから事はあまりよく覚えていない。
いつの間にか、オルステッド公爵の邸宅に着いていた。
前世での理不尽な死と、この世界においての理不尽な役回りと運命。
顔は可愛いのに、性格が全く可愛くない推し……。
それら全てがルナリアの心をグチャグチャに掻き乱したのだ。
せっかくこちらが穏便に全てを収めようとしていたのに。……そっちがその気なら、こちらにも考えがある。
ルナリアは、アルフレッドに一泡吹かせる為の盛大ないやがらせを思いついた。
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