第3話 決意とは裏腹に……
ルナリア・オルステッドは、身代金目的で誘拐されかけた十二歳の時に、誘拐犯に胸元にナイフの先を当てられた瞬間に、前世の記憶を思い出した。
日本という国で『
彼氏の一人もいない、お一人様生活ではあったが、仕事も趣味も充実し、苦労はあっても楽しい生活を送っていたこと。
仕事帰りに事件に巻き込まれて、心臓を一突きに刺されて殺されてしまったこと……。
……思い出すのも腹立たしい。
あまりの理不尽さに吐き気がする。
あの事件では、最初に刺された女性と美月の他にも沢山の被害者がいたはずだ。
死んでしまった美月では、犯人をどうすることもできないのが、ただただ悔しい。
他人の人生を……命を勝手に奪うことの強欲さを味わわせてやりたいのに……。
心残りなんて数え出したらキリがない。まだまだやりたいことが沢山あった。
人生八十年というのなら、美月はその半分も生きていなかったのだから。
優しい両親に、子供が先に死ぬという最大の親不孝をしてしまった。
結婚の予定も子供を産む予定も全くなかったが、その可能性すら全て失ってなってしまった。
夢の四連休も、大好きな作家先生方の新作祭りだ♪ヒヤッハー♪も、できなかった。
このために辛い六連勤を乗り越えたのに、だ。
十代や二十代前半の頃とは体力の差が違うの分かってる!?
買おうとしていた本も、もう二度と読めない。帯に書かれていたキャッチコピーを覚えているものも何作かあるが、それだけで内容を理解できたら警察なんて要らない(!?)。
作家先生方は私の想像の遙か何十倍も上をいく素晴らしい思考の持ち主なのだ!
……ああ、それもこれも全部、
十八歳という若さで命を落とす運命の悪役令嬢【ルナリア】に、生まれ変わってしまったことも何もかもが……全部。
【ルナリア・オルステッド】は、美月が生前ドはまりした乙女ゲームに登場する悪役令嬢だ。ラスボス令嬢とも言われていた。
乙女ゲーム【愛の
聖女召喚された異世界の
『愛憎や陰謀が蠢く世界で、君は真実の愛に辿り着けるか!?』
……なんて、キャッチフレーズが魅力的だった。
美月は何故か、その【愛の連鎖】に登場するルナリアに転生してしまっていたのだ。
ヒロインとメインヒーローの攻略対象者であるアルフレッド距離を縮めていくのに比例するように、ルナリアは二人の仲に嫉妬をして心の中に負の感情を溜め込んでいく。
そして、限界まで成長しきった戒に心も身体も取り込まれてしまう。
戒に完全に取り込まれてしまった人間は、もう元には戻らない。
魔物となって人々を脅かす存在に成り果ててしまう前に、殺して浄化するしかないのだ。
ルナリアは『世界を【戒】の穢れから守る為』という大義名分を掲げた
嫉妬や僻みが積み重なり、戒に取り込まれてしまった可哀想な令嬢――それがルナリアだ。
心臓を一突き……前世の美月と同じ死因予定の人物に生まれ変わるなんて、どんな因果だ……。
ルナリアは半年後の十月に、十八歳の誕生日を迎える。ゲームの中ではその誕生日を境に、今後の人生が大きく変わっていく。
異世界からヒロインが召喚された結果、アルフレッドとルナリアの関係が変化し、負の感情を制御しきれなくなったルナリアは戒に飲み込まれ……殺される。
因みに、他の攻略対象者ルートでも何らかが原因でルナリアは闇落ちする。
つまり、どのルートでもルナリアの死亡は確定なのだ。
――これがルナリアが誕生日を迎えてから一年以内に起こるとは、なんともめまぐるしい展開だろうか。
当時の精神的な負担は大きかったが、十二歳という比較的早い時期に前世の記憶を思い出せたことは大きかった。
残念ながらアルフレッドの婚約者という立場は回避できなかったが、足掻く時間すら残されていなかったら、ただ理不尽な運命に流されるだけだった。
せっかく二度目の生を受けたのに、このままストーリー通りに死ぬなんて真っ平ごめんだ。
私はヒロインを虐めないし、婚約解消には笑顔で素直に応じる!
癒やし系愛玩動物を務めるのも半年の辛抱だもの!!他の攻略対象者には会うつもりはないし……生まれ変わったこの人生を精一杯謳歌するのよ……!
…………………………そう思っていました。
「……ねえ、私の
ルナリアの腰に回した腕の力を強めたアルフレッドは、太腿枕からふと顔を上げた。
ゆっくりと身体を起こしたアルフレッドは、ルナリアの両脇に腕を伸ばして、ルナリアの身体をソファーの背もたれに押し付けても、固定した。
「……へ?……あの、ちょ……っ?」
今のルナリアの状態は、少女漫画でよく見る展開の壁ドン状態。
正しくは、ソファードン(?)状態である。
今まで一度もアルフレッドにこんなことをされたことはない。
ソファーに行儀良く座って大人しくしていれば、満足したアルフレッドが勝手に離れてくれたからだ。
「ねえ、君は私のことをどう思っているんだい?」
アルフレッドは熱を帯びた瞳でルナリアを見ている。
……え?……アルフレッドをどう思っている……って?…………え?
急な展開にルナリアは酷く困惑していた。
今までずっと愛玩動物扱いされているとしか思ったことはない。
何故ならこの世界において、アルフレッドの運命の相手は、
【愛の連鎖】での美月の一番の推しがアルフレッドであっても、ルナリアに生まれ変わった時点で望みなんてなかった。
だから、余計な感情は持たないと決めていた。二人を応援して、邪魔だけはしないようにしようと思っていた。
「ルナリア。私は君が好きだよ。愛してる」
無意識に俯けていた顔がアルフレッドの指で上げられた。
……『顎クイ』!?
ソファードン(?)からの顎クイ!?
私の顔の直ぐ目の前には微笑みを浮かべたアルフレッドの顔がある。
「君はとても鈍感みたいだから、私の気持ちには全く気付いていなかっただろう?」
アルフレッドの手が、ルナリアのプニプニとした触り心地の良い頬に触れる。
優しく撫でるように頬に指を滑らすと、ルナリアの身体が驚いたようにピクリと跳ねた。
目の前の状況に感情が追い付かない。
アルフレッドがルナリアのことを『愛してる』と、…………そう言った?
……嘘だ。そんな訳がない。
だって……アルフレッドはヒロインを選ぶのが決まって……
「柔らかな頬に触れる度に、何度も……何度も。口付けて、食べてしまいたいと思っていたことを知らなかっただろう?」
ルナリアの頬にチュッと音を立てて口付けたアルフレッドがにっこり笑う。
「…………!?!?!?」
口付けられたルナリアは、瞳を見開いたままその頬を押えた。
今、頬に……チュッて……………!?!?
白い頬は真っ赤に染まり、先程まで死んだ魚の様だったルナリアの菫色は大きな瞳は見開かれ、驚きの涙で潤んでいた。
痛い位にドキドキと鼓動している心臓をギュッと握り締めた。
「少しは……意識してくれたかな?」
ルナリアの動揺っぷりを瞳を細めて見ていたアルフレッドは、満足げに口角を上げた。
「な、な、な、な、なっ…………何を考えているのですか!?」
「私の愛しい
「そうではなくて……!わ、私はルナ……」
ルナリアは、『ルナリア・オルステッドなのに』と言い掛けた口を閉じた。
ここでその話を出してしまったらややこしくなる。
余計なことを口走ったりしないように、落ち着くために深呼吸をした。
「……
『醜く太った公爵令嬢』
これがルナリアの社交界の評判だ。
だが、ルナリアにはそんな評判なんて痛くも痒くもない。
何故ならルナリアは意図してぽっちゃり体型になったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。