互いを信じて

 取り調べ室に入った途端、まるで監獄の扉を潜り抜けたような重い空気が漂った。ガマ警部と面会した時とは違い、今は小窓から申し訳程度に差し込む光すらなく、薄暗い部屋がいっそう不穏な影を帯びて見える。狭い室内はいるだけで窒息しそうで、木場は自分が手錠をかけられたような陰鬱な気分にさせられた。


 桃子を奥のパイプ椅子に座らせ、木場はその向かいに腰かけた。桃子は項垂れたまま顔を上げようとしない。ライトスタンドの鈍い光が、眉間に刻まれた皺をくっきりと浮かび上がらせている。その表情はガマ警部そっくりだった。


「えっと、まずは桃子ちゃんが逮捕された件だけど……何があったの?」


 木場が大雑把に尋ねた。聞きたいことが多すぎて、何から聞けばよいかわからなかった。桃子も答え方がわからなかったのだろう。顔を上げ、困惑を示すように眉根を寄せる。


「ごめん、これじゃ答えにくいよね。じゃあ、今日1日の桃子ちゃんの行動を教えてくれる? 家を出た後のことが知りたいんだ」


 木場が聞き直した。桃子は頷くと、視線を落としてぽつぽつと話し始めた。


「……あたし、今日先生のとこに行ったんだ。印籠を返そうと思ってさ。13時ぐらいに家を出て、電車で先生のお屋敷まで行った。着いたのは14時くらいだったよ。

 でも先生、外出中だって言われたから、帰るまで待たせてもらったんだ。今日はどうしても、会って聞きたいことがあったから……」


「その、聞きたいことっていうのは何だったの?」


 桃子はすぐには答えなかった。眉根を寄せ、何かを堪えるように唇を引き結ぶ。


「……もしかして、事件当日、桃子ちゃんが公園に行ったことと関係があるのかな?」


 木場は鎌をかけてみた。案の定、桃子がはっとした表情で顔を上げる。


「あたしが公園に行ったこと知ってんの?」


「うん、あの晩、桃子ちゃんを見たっていう人がいてね。何かを探してるように見えたって話だったよ」


「……そうなんだ。全然気づかなかった」


「それに久恵さんからも、事件の3日前くらいに、桃子ちゃんの様子が変だったって話を聞いたんだ。その日桃子ちゃんは、ガマさんのアパートに食事を届けに行ったんだってね。その時何かを見たのかな?」


 桃子はなおも黙っていた。木場はそれが不思議だった。この少女は逮捕されてもなお、真実を話すことをためらっている。何が彼女を思い留まらせているのだろう?


「……さすがアイツの部下だね」


 桃子が不意に呟いた。木場が不思議そうに首を傾げる。


「あたしが何にも話してないのに、全部お見通しなんだもん。頼りなさそうだって思ったから黙ってたけど、こんなことなら、最初から相談しとけばよかったかな……」


 桃子が何の話をしているのか、木場にはわからなかった。困惑した顔で桃子を見つめる。その間に桃子は決心が付いたようで、顔を上げて木場の方を見ると言った。


「わかった、もう隠し事はしない」。あたしが知ってること、全部話すから。その代わり、ちゃんと事件を解決してよね?」


 桃子が真正面から真摯な眼差しを向けてくる。木場の当惑はまだ残されていたが、それでも表情を引き締めて頷いた。桃子が信用してくれた以上、何としても期待に応えなければいけない。

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