光明

「あ……そう言えば」木場が急に思いついて顔を上げた。「ガマさんが死体を調べる時、黒川の手から落ちた葉っぱって、やっぱり楓の葉だったんですよね?」


「楓?」ガマ警部が眉を上げた。


「はい。黒川は死ぬ間際までそれを握り締めていた。だから何か意味があるんじゃないかと思ったんですけど……」


 ガマ警部は答えなかった。腕を組み、険しい顔で何かを考え込んでいる。木場は怪訝そうにその様子を見つめた。


「あの、ガマさん……? どうかしたんですか?」


 ガマ警部がはっとして顔を上げた。何故か動揺している様子だ。


「いや……少し、奇妙だと思ってな。あの葉は本当に楓だったのか?」


「はい。自分も直接見たわけじゃありませんけど、渕川さんはそう言ってましたよ」


 ガマ警部は再び考え込んだ。木場は眉を顰めた。何がそんなに引っかかっているのだろう?


 木場が不可解な思いで返答を待っていると、ガマ警部がようやく口を開いた。


「……葉1枚のことだ。俺もはっきりと覚えているわけじゃない。だが……俺が見た葉は、おそらく楓ではなかった」


「え……」木場が目を見開いた。「どういうことですか!?」


「あの葉が小屋の床に落ちる前、一瞬、俺の前で宙に浮いたんだ。その葉の色は赤じゃなかった。黄色だったんだ」


「黄色? でも、渕川さんは赤い葉だって……」


「葉は血だまりの上に落ちたからな。血で染まったんだろう。だが、俺が最初に見た葉の色は黄色だった」


「で、でも……! 渕川さんは確かに、紅葉もみじ……いや、楓の形をしてたって!」


 混乱が木場の頭を駆け巡る。どういうことだ? 現場から発見された赤い葉は、被害者の血に染まったものだった。渕川はそれを見て、葉を紅葉――正確には楓――の葉だと思った。だが、ガマ警部が見た葉の色は黄色だったと言う。黄色い楓など、確かに見たことはないが――。


(いや、待てよ……)


 記憶の断片が木場の脳裏に引っかかった。黄色い楓。この事件を捜査している間、自分はどこかでそれを見たことがなかったか。


 木場は必死に記憶の糸を手繰り寄せた。そうしてある映像が脳裏に蘇った時、呼吸が止まりそうになった。


(あそこだ……)


 それを目にしたのはほんの偶然だった。ガマ警部から話を聞かなければ、とっくに忘れ去っていただろう。だけど今、その光景は、ようやく掴んだ真相への足掛かりとして、花瓶に水を浸すように木場の心に染みわたっていった。


「ガマさん……ありがとうございます」


 木場が唐突に頭を下げた。ガマ警部が怪訝そうに木場を見返してくる。


「ガマさんのおかげで、自分、あの人を追い詰める方法がわかった気がします。明日、もう一度あの人の家に行ってきます。そこで全ての決着がつくはずです」


「……何か掴んだようだな」ガマ警部がふんと鼻を鳴らした。「だが、奴は手強いぞ。お前に奴を屈服させるだけの手腕があるのか?」


「わかりません。でも……きっと大丈夫です。だって自分は、ガマさんの部下なんですから」


 ふっと微笑みながら木場が言い、ガマ警部が目を見開いた。そこでちょうど時間になったのか、部屋の扉が空き、さっき出て行った3人の刑事がどやどやと入ってきた。無言で木場に一瞥をくれる。木場は頷くと、自分もガマ警部をちらりと見た後、大人しく取り調べ室から出て行った。


(楓……)


 取り調べ室の扉を後ろ手に閉めながら、人は心の中で独り言ちた。


(あの人を追い詰めるには、やっぱりそれしかない。ガマさん、待っててください。自分はまだ、ガマさんに教わりたいことがたくさんある。こんなところで……ガマさんに刑事を辞めさせるわけにはいかないんです。)


 外はすでに長夜の闇に包まれ、窓から差し込んだ月明かりが、廊下に佇む木場の姿を照らし出している。彼の顔に浮かんでいるのは、緊張でも、憂色でも、まして恐懼きょうくでもない。


 ただ、大切な人を救うために、刑事として最後まで戦おうとする決意だけだった。

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