桃子の秘密

「それで……本日は、うちの娘にどんな御用があっていらしたのでしょうか?」


 久恵が不安そうに尋ねてきた。余計な心配をかけさせないため、茉奈香からは詳しい話はしていない。

 木場はカップに口を運んだ後、神妙な面持ちで切り出した。


「実は今日、桃子ちゃんが事件当日の夜に、現場の公園にいたことが判明したんです」


「まぁ……桃子が?」久恵が目を見開いた。


「はい。桃子ちゃんはもしかすると、ガマさんがあの公園に行くことを知っていたのかもしれません。それで詳しい話を聞けたらと思ったんですが、久恵さんは何かご存知ありませんか?」


「いいえ……私は何も聞いておりません」久恵が憂鬱そうに頬に手を当てた。「あの子は元々、自分のことをあまり話したがらないのです」


「事件があった日、桃子ちゃんは何時頃から出掛けたんですか?」茉奈香が口を挟んだ。


「確か……18時頃からだったと思います。あの子は塾に通っていまして、帰宅時間が21時を過ぎることは珍しくありません。だからあの日も特に気に留めていなかったのですが……」


「その時、桃子ちゃんの様子に変わったところはありませんでしたか?」木場が尋ねた。「何か慌ててたとか、落ち着きがなかったとか……」


 久恵は頬に手を当ててしばらく考え込んでいたが、やがて何かを思い出したように顔を上げた。


「……言われてみれば、少し、変だったように思います。あの子が玄関で靴を脱いでいる時、私は後ろからおかえり、と声をかけたのです。普段のあの子であれば、顔も上げずにうん、と気のない返事をするくらいなのですが、あの日は何故かとても驚いた様子で私を振り返ったのです。そんな反応は初めてでしたので、私も驚いてしまって……。どうしたの、と尋ねたのですが、その時はもういつものあの子に戻っていて、別に、と言っただけで、すぐに自分の部屋に行ってしまいました。その後は特に変わったことはありませんでしたので、私もそれきり忘れておりましたが……。今思えば、あの時の桃子は、何かに怯えている様子でした」


 久恵は心配そうに眉を下げると、両手でカップを包み込んだ。木場も腕組みをして考え込んだ。あの晩、桃子の身に何があったのだろう。


「あの、事件より前はどうですか?」茉奈香が口を挟んだ。「桃子ちゃん、その前から何か変わったことはなかったですか?」


「そうですね……」


 久恵が再び考え込んだが、何かに気づいた様子ではたと顔を上げた。


「そう言えば……、事件があった日の3日ほど前のことなのですが、あの日も桃子は少し様子が変でした。どこか落ち着きがないというか……」


「その日に何かあったんですか?」木場が尋ねた。


「その日はちょうど、私が主人の家に食事を作りに行く日でした。主人はあの通りの仕事人間ですから、放っておいたらどんな食生活をするかわかりません。ですから私は1週間に一度、主人の家に食事を作りに行くことにしております。

 ただ、先週はどうしても都合がつかなかったため、自宅で作った総菜を桃子に届けてもらうことにしたのです。桃子はとても嫌がっておりましたが、何とか宥めて行ってもらいました。その帰りです。桃子の様子がおかしかったのは……」


 木場は茉奈香と顔を見合わせた。桃子がガマ警部の家に惣菜を届けに行った晩、桃子は落ち着きのない様子で帰ってきた。事件当日の桃子の行動と何か関係があるのだろうか。


「うーん、やっぱり桃子ちゃんから直接話を聞かないといけませんね」


 木場は唸ると、壁にかけられた時計の方に視線をやった。時刻は間もなく16時を回ろうとしている。そろそろ桃子は花荘院に会った頃だろうか。

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