頼れる浮浪者
公園に戻り、木場は東側のエリアに向かった。正門から20分ほど歩いたところで池に到着し、辺りを見回す。
探していた男は間もなく見つかった。池から離れた茂みの中で、地面に段ボールを敷き、身体の上に新聞紙をかけた格好で寝っ転がっている。身体のあちこちを掻き、大口を開けて欠伸をする姿は野良猫――いや、野良狸そっくりだった。
「おーい、平さん!」
茉奈香が気にした様子もなく声をかけた。大沼はのっそりと起き上がると、眠そうな目できょろきょろと辺りを見回した。茉奈香の姿を見つけると、酔いが醒めたかのようにぱっと顔が明るくなる。
「おう、茉奈香ちゃんじゃねぇか! 嬉しいねぇ、俺に会いに来てくれたのかい?」
「当ったり前でしょ。あたし達、平さんだけが頼りなんだからね」
「くうぅ……泣かせるねぇ。こんなカワイ子ちゃんに頼りにしてもらえるたぁ、俺も長生きした甲斐があったってもんだ」大沼が拳で涙を拭う動作をした。
「おい、あんまり持ち上げるなよ。後が面倒くさくなる」木場が釘を刺した。
「はいはい、わかってるって。あのね、平さん、昨日見た男の人について、もう1回話を聞かせてほしいんだけど」
「男? それなら昨日話したことでしまいだよ」
「もうちょっと詳しいこと覚えてない? 服装とか髪形とか、後は声とか」
「うーん、そう言われてもなぁ……」大沼が腕組みをして狸の格好になった。「俺が見たのはベンチに座った後ろ姿だったし、ほとんど背の高い方しか見えなかったからなぁ」
「その背の高い人が重要なんです!」木場が身を乗り出した。「少しでも思い出せませんか?」
「そうだなぁ……。服はたぶん、黒っぽいコートだったと思う。髪型は帽子被ってたからよくわかんねぇな。2人ともぼそぼそ喋ってたから、どんな声かって聞かれても……」
大沼が無精ひげを擦りながら答える。黒いコートに帽子。それだけでは特定のしようがない。木場は落胆を隠し切れなかった。
「じゃあ、他に何か見たことない?」茉奈香が尋ねた。「その2人の男の人以外に、誰か怪しい人見なかった?」
「茉奈香、その質問は昨日もしただろ」木場が口を挟んだ。「大沼さん、7時か8時にコンビニから帰ってきた時には、誰も見なかったって言ってたじゃないか」
「あ、いや、それがさ、見たんだよ」
「え!?」
大沼があっさりと言ってのけ、木場は目を見開いて振り返った。驚きのあまり素っ頓狂な声が出てしまった。
「ちょ……ちょっと待ってください! 昨日は誰も見なかったって言ってたじゃないですか!?」木場があたふたと尋ねた。
「うん、コンビニから帰ってきた時にはな。でも、よーく考えたら俺、その後で怪しい奴を見てたんだよ。今まですっかり忘れてたんだけどな」
大沼が悪びれもせずに言った。木場は頭を掻きむしりたくなった。まったく油断のならない人だ。
「それで、どんな人だったの!? その怪しい人って!?」茉奈香が身を乗り出した。「もしかして、紋付袴の渋いおじ様だったりする!?」
「紋付袴? 誰だそいつ?」大沼が首を傾げた。「俺が見たのはそんな爺じゃねぇよ。もっと若い嬢ちゃんだ」
「嬢ちゃん?」木場が聞き返した。
「おうよ、茉奈香ちゃんよりちょっと若いくれぇかな。俺がここの草むらで寝てたら、急に足音が聞こえてよ。てっきり管理人が来たのかと思って急いで隠れたんだ。そしたら、池の方に嬢ちゃんが1人で歩いて行くのが見えたんだ。何か探してる様子で、10分ぐらいうろうろしてたけど、しばらくしたら帰ってったよ」
「その嬢ちゃんってどんな子だったの?」茉奈香が尋ねた。
「そうだなぁ。髪は確か短かったぜ。ダウンジャケットにジーパン履いて、靴はスニーカーだったかな。そんな成りだったから最初は男の子かと思ったよ。あぁそうそう、後は目つきが悪かったな」
「目つき?」
「そうそう。ぎょろっとした目で、警備員みたいにあっちこち見回すもんだから、俺、てっきり親父狩りされるかと思ったんだ。ありゃダメだね。女の子はもっと愛嬌がねぇと。俺は断然茉奈香ちゃんの方が好みだね」
大沼が表情を緩めたが、木場も茉奈香も最後の方は聞いていなかった。2人して顔を見合わせる。
「お兄ちゃん、平さんが見たのって……」茉奈香が恐る恐る口を開いた。
「あぁ、間違いなく桃子ちゃんだ。でも、どうして桃子ちゃんが公園に?」
昨日車内で会った桃子の姿を木場は思い浮かべた。何やら秘密を抱えている様子だったが、まさか事件に関与していたのか。
「平さん、それ何時くらいのこと?」茉奈香が振り返って尋ねた。
「え? えーと……何時だったかなぁ。俺がコンビニから帰って小便行くまでの間だから……8時か9時くらいじゃねぇか」
「男の人2人を見るよりは前だったんだ?」
「あぁ、そうだな。嬢ちゃんがいなくなってから寝て、それから小便行きたくなって起きたから、そこは間違いねぇよ」
木場は情報を手帳に書きつけながら思考を走らせた。犯人と被害者、あるいは犯人とガマ警部が会うよりも前に、桃子は1人で公園に来ていた。彼女はいったい何をしていたのだろう。
「桃子ちゃん……ひょっとしたら、ガマ警部さんを探しに来たのかな」茉奈香が思案する顔になって言った。
「ガマさんを?」
「うん。そうでもなかったら、高校生の女の子が夜に1人で公園になんて来ないでしょ」
「でも、桃子ちゃんはガマさんのことを嫌ってたんだぞ? 嫌いな相手をわざわざ探しに来るかなぁ?」
「あーあ、やっぱりお兄ちゃんは女心をわかってないねぇ」茉奈香が大げさに肩を竦めた。
「いい? 女の子っていうのはね、表面上は嫌ってる相手のことほど気にしてるもんなの。桃子ちゃんがあれだけ警部さんのこと嫌ってるのは、それだけ警部さんを大事に思ってる証拠なんだよ」
「はぁ……そういうもんなの?」
「そうだよ。だから昨日も、わざわざ公園まで捜査の状況を見に来たんだよ。それにあの印籠も。花荘院さんに会った時点でぱっと返しちゃえばよかったのに、桃子ちゃんはそれをしなかった。きっと、警部さんのことで何か話したかったんだよ」
茉奈香が自信満々に言った。木場は昨日の桃子の様子を思い出した。ガマ警部への反発心をむき出しにしていた桃子。あれが愛情の裏返しだとはとても思えないが、それでも、桃子が事件について何かを知っている可能性はある。
「桃子ちゃんに話を聞く必要があるな。家にいてくれたらいいけど……。茉奈香、久恵さんに連絡してもらえるか?」
「わかった。ちょっと待ってて」
「おう、あんちゃん。何かよくわかんねぇけど、俺の話、役に立ったのか?」
茉奈香が鞄を漁っていると、大沼が首を伸ばしてきた。話に夢中で、存在をすっかり忘れていた。
「あ……はい。おかげで捜査が進みそうです。ありがとうございました!」木場が頭を下げた。
「そうか。まぁあんたらも大変だろうが頑張れや。相談ならいつでも乗ってやっからよ」
大沼がぽんぽんと木場の肩を叩いた。木場は引き攣った顔で笑みを浮かべながら、コートに匂いが移っていないかをこっそり確かめようとした。
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