小休止

 花荘院邸を後にし、木場は車を発進させた。時刻は11時前。時間が早いからか、昨日に比べると道路は空いている。


「お兄ちゃん、若宮さんの証言どう思う?」

 助手席の茉奈香が尋ねてきた。腕組みをし、再びパイプを口に咥えている。あれがないと推理が捗らないのだろうか。


「どうだろう。若宮さんは花荘院さんを尊敬してる。もし、花荘院さんが外出するのを見たとしても、師匠に不利になることは言わないんじゃないかな」


「つまり、嘘のアリバイを証言したってこと?」


「可能性はあるよ。若宮さんは師匠の計画を知ってたけど、気づいていない振りをしたのかもしれない。花荘院さんとは家族ぐるみの付き合いがあったみたいだからね。若宮さん自身、黒川を憎む気持ちがあったのかもしれない」


「そうだよね……。楓ちゃん、みんなから愛されてたみたいだしね……」


 茉奈香がため息をついた。突然幼い命が奪われた不条理に、木場の胸の内にもやるせなさが広がっていく。


「それで、これからどうする?」茉奈香が尋ねてきた。


「そうだな……。とりあえず、もう一度自然公園に戻ってみようか。上手くいけば小屋を調べられるかもしれないし」


「管理人さんにも話聞いてないしね。あ、それと平さんにも。平さんが見た背の高い男の人、もしかしたら花荘院さんだったかもしれないしね」


 茉奈香が言った。木場は昨日会った酒臭いホームレスの姿を思い浮かべた。あの男にもう一度会うのだと思うと、逸っていた心が急激に萎えていくのを感じる。


「あの人、まだあそこにいるのかな? 警察に見つかって追い出されてるんじゃあ……」


「大丈夫だよ。あの公園広いから、どっかで葉っぱ被って隠れてるって」


「野良猫みたいに言うなよ」


 木場はそう突っ込みながら、大沼がどこかの茂みの中で体育座りをしている姿を想像してみた。継ぎ接ぎだらけのドテラを肩に引っ掛け、ゴミ箱からくすねてきた酒瓶をちびちびやりながら、警察が撤退するのをじっと待つ――。

 あり得る、と木場は思った。




 木場が自然公園に到着した時には11時半を回っていた。1日経ってほとぼりが覚めたのか、正門前にもマスコミの姿は見られない。


 木場は正門から公園内に入って行き、まずは西側にある小屋の方に行ってみたが、そこは今日も大勢の捜査員が詰めかけていた。捜査員に交じることも出来なくはないが、どこで小宮山の目が光っているかわからない。


 次いで木場は、北側にある管理人室に行ってみたが、そこも空振りだった。今日詰めていた管理人は、事件を目撃した男とは別の人物で、一昨日の管理人は休みとのことだった。


「昨日、警察の事情聴取が終わった後、へろへろになって帰ったらしいぜ。まぁ死体を見つけた上に、何時間も取り調べされちゃあ無理もないわな。今も家で寝込んでるって話だから、2、3日は出て来れねぇんじゃないかな」


 出勤していた管理人はそう言った。その状態では、家まで押しかけて話を聞くわけにも行かない。木場はやむなく管理人室を後にした。


 その後、捜査員の目が届かない範囲で公園内を捜索してみたが、結果は芳しくなかった。昨日の時点であらかた捜査は終わったのだろう。目ぼしい手がかりは何もなく、煙草の吸殻や丸められたティッシュが散在しているだけだった。


 そうこうしているうちに時刻は13時を回り、腹の虫が鳴ったために一旦昼食を取ることにした。


「ふむ、困ったね。現場の小屋は捜査員でいっぱい。死体を発見した管理人さんは寝込んでる。公園から見つかるのはゴミばかり……。これじゃ捜査が進まないよ」


 近くにあった蕎麦屋に入り、ざる蕎麦を啜りながら茉奈香がため息をついた。その向かいで天ぷら蕎麦を食べる木場は、海老の天ぷらを口に運びながら気が進まなさそうに言った。


「こうなったら、最後の手段を使うしかなさそうだな」


「最後の手段?」


「お前が仲良くしてたあの人だよ。公園を住処にしてる」


「あぁ、平さんね。確かにこの時間だったら、平さんも食事済ませて家に帰ってるかもしれないしね」


 茉奈香が頷いた。食事というのは、やはり残飯を意味するのだろう。木場は食べたばかりの蕎麦が急に不味く思えてきた。

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