捜査 ―4―

名探偵の推理

 翌朝、木場は車を飛ばして再び花荘院邸に向かっていた。助手席には、昨日と同じベージュのポンチョに赤いベレー帽をかぶった茉奈香が乗っている。どこで調達してきたのか、今日は口元にパイプまで咥えている(もちろん煙は出ていない)。腕組みをして思案に耽っている様子は、名探偵というよりもただのコスプレイヤーにしか見えない。


「うーん、でも信じられないねぇ」


 茉奈香がパイプを咥えたまま唸った。


「13年前、桃子ちゃんを誘拐した犯人が今回の被害者だった。しかも、一緒に誘拐された子が花荘院さんの娘さんだったなんて。そんな偶然ある?」


「いや、偶然とは限らないよ」木場がハンドルを握り締めた。

「花荘院さんは最初から、被害者が13年前の犯人だと知っていたのかもしれない。もしそうだとしたら、被害者の傍に落ちていた葉っぱや、平さんが聞いた言葉に心当たりがないと言っていたのはおかしい。だって、『楓』というのは……」


「……誘拐事件で亡くなった、娘さんの名前だから」


 茉奈香が後を引き取った。パイプを口から外し、沈痛な面持ちでため息をつく。木場も神妙な顔で口を噤み、車内の空気が一気に重くなった気がした。

 そうして気詰まりな沈黙が続いた後、やがて木場が口を開いた。


「昨日、桃子ちゃんが言ってたよな。自然公園の近くで、花荘院さんの印籠を拾ったって。あれはやっぱり、花荘院さんが公園に行った時に落としたものかもしれない」


 庭園の見える和室で、花荘院と対面した時の光景が脳裏に蘇る。ガマ警部を犯人ではないと断定した花荘院。あの時は、親友を信じる心境の表れだと思っていたが、今となっては別の意味を帯びて聞こえてくる。


「でも印籠だけじゃ、犯人とは断定するには弱いんじゃない?」茉奈香が膝に手を乗せて頬杖を突いた。

「そもそも、花荘院さんってアリバイがあるんでしょ? それを崩せなきゃ、事件当日に自然公園に行ったことも証明できないよ」


 木場が渋い顔になって黙り込む。昨日、木場が家に帰ってから茉奈香に一部始終を話した際、真っ先に指摘されたのがその事実だった。ようやく別の容疑者が浮上したと思っていた矢先に希望を打ち砕かれ、逸っていた心がみるみる萎んでいったのを覚えている。

 

「もう、お兄ちゃんはそそっかしいんだから。ちゃんとフッチーに詳しいこと聞いとけば、わざわざ自分で調べに行くこともなかったのに」


 茉奈香が呆れ顔で息をつく。フッチーとは渕川のことだろう。茉奈香は親しみを込めているつもりだろうが、女子大生に愛称で呼ばれたところで馬鹿にしているようにしか聞こえない。


「まぁいいだろ。どのみち花荘院さんには、直接話を聞きたいんだ」木場がむすっとして言った。


「でも花荘院さん、家にいるのかな? 昨日も遅くから出掛けたし、今日もお出掛けだったりして」


 茉奈香の指摘に、木場は一瞬呆けた顔になった。花荘院から話を聞くことで頭がいっぱいで、外出の可能性を全く想定していなかった。


「……お兄ちゃんって、やっぱ抜けてる」


 考えが顔に出ていたのだろう、茉奈香がこれ見よがしにため息をついた。

 木場はごまかすように笑いながら、兄としての面目を保つためにも、どうか花荘院が家にいてくれますように、と祈らずにはいられなかった。

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