紅き棺
「今から13年前の11月27日、ちょうど紅葉の見頃の時期でした。公園で遊んでいた2人の女の子が誘拐されたのです。
その日、母親達は子どもだけで遊ばせていましたが、帰りが遅いのを心配して公園まで見に行ったところ、公園には誰もいなかったそうです。母親は慌てて警察に通報し、警察が捜索を開始しました」
母親、つまり久恵のことだ。我が子のいない光景を前に血相を変え、震える手で鞄から携帯電話を取り出す久恵の姿が目に浮かぶ。
「捜索を開始して間もなく、近所の住民から情報が得られました。若い男が、少女2人を車に乗せて走り去るのを目撃したと言うのです。ただ、女の子達が楽しそうに話していたため、その住民はてっきり父親が迎えに来たのだと思ったそうです。ですが目撃情報を聞き取るうち、それが行方不明になった2人の少女であることが判明しました」渕川がため息をついて眼鏡に手をやった。
「誘拐事件が発覚したことで、直ちに捜査体制が敷かれました。警部殿……、いや、当時はまだ警部補でしたが、とにかく警部殿も捜査員に加わりました。さすがの警部殿も、娘さんを誘拐されたとあっては平常心ではいられなかったようですね。警部殿を捜査から外した方がいいという声もあったようですが、警部殿自身が断行されたそうです」
木場は頷いた。ガマ警部ならありそうなことだと思った。
「住民が目撃した車の情報を許に、捜査員は決死の思いで捜査を進めました。公園付近の防犯カメラの映像を洗い、ようやく犯人の車のナンバーを突き止めましたが、盗難車だったため持ち主の特定には繋がりませんでした。
ただ、複数の防犯カメラの映像を追っているうちに犯人の足取りが掴めてきまして。どうも犯人は、都心から高速を使い、郊外にある森に向かっていたようでした」
「森……ですか?」
「はい。かつてその一帯は、紅葉の名所として知られていたのですが、そこにある山荘で住民が自殺したという噂がありましてね。それ以来、人が近づかなくなっていたのです。当時の写真を見ましたが、銀杏や紅葉の木々が周囲一帯に広がっていて、地面を埋め尽くす落ち葉は色とりどりの絨毯のようでした。近くには大きな池もあって……あんな状況でなかったら……さぞ綺麗な場所に思えたでしょう」
渕川は再びため息をついた。銀杏や紅葉の色づく山、付近の池。どことなく今回の事件を彷彿とさせる光景だ。あの自然公園が現場に選ばれたのは偶然なのだろうか。
「警察は数十台のパトカーをその森に向かって飛ばしました。現場に到着して間もなく、犯人の車が乗り捨てられているのを発見し、犯人がその付近にいるのは間違いないようでした。
捜査員は辺り一帯を捜索しましたが、そこで犯人の足取りがぷっつりと途切れてしまったようです。地面は落ち葉で埋め尽くされていましたから、足跡らしきものも見当たりません。捜査員は焦り、池の中を捜索しようとする動きまでありました。
……その時です。捜査員の1人が、警部殿の姿が見えないことに気づいたのは」渕川が表情を曇らせた。
「捜査員は、慌てて警部殿を探しました。犯人逮捕を焦った警部殿が、早まった真似をするかもしれないと考えたのでしょうね。
ですが、警部殿はなかなか見つかりませんでした。捜査員が痺れを切らした時……森の奥から、一発の銃声がしたそうです」
木場は言葉を失った。先を聞かなくても、その後に何が起こったかは想像がつく。
「捜査員が慌てて銃声がした方に向かったところ、例の住民が自殺したという山荘がありました。私も写真を見ましたが、数十年もの間手入れがされていなかったらしく、屋根は剥がれ落ち、周囲には雑草が生い茂り、廃墟そのものでしたがね……。
捜査員が現場に踏み込むと、そこには頭を抱えてパニックに陥った様子の犯人の姿がありました。足元には、煙の出た拳銃が落ちていたそうです……。
その犯人と向かい合う格好で、警部殿が立ち竦んでいました。警部殿は釘付けになったように部屋の奥を見つめていて、そこには2人の女の子がいました。積み上げられた資材の傍で、両手を後ろに縛られた格好で震えあがっていました……。1人は食い入るように警部殿を見つめていたそうです。ですが、もう1人は……」
渕川がゆるゆると首を振った。木場がごくりと唾を飲み込んだ。
「もう1人の少女の方は、むき出しになった地面の上に倒れていました。薄暗い山荘の中でも、少女の下に何か赤いものが広がっているのが見え、捜査員は最初、少女が紅葉の葉の上に倒れているのかと思ったそうです。
ですが……そうでないことはすぐにわかりました。捜査員が近づいても、少女は身動ぎする気配すらありませんでした。そしてその下に広がっていたのは、紅葉ではなく、血だまりだったのです……」
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