謎めいた少女

 門の前で事情を聞くのも気が引けたため、木場は警察手帳を示して身分を明かし、車内で話を聞くことにした。少女は大人しくついてきた。

 木場は助手席のドアを開けて少女を中に入れ、自分は運転席に乗り込んだ。茉奈香は後部座席に腰掛け、逃亡犯を監視する刑事のように鋭い目つきで少女を睨みつけている。

「えーと……まず君は、あの家の前で何をしてたの?」

 木場は尋ねた。職務質問は一度もしたことがなく、どう話を進めていけばいいのか迷う。

「……別に、ちょっと用があっただけ」

 少女がぼそりと言った。木場と視線を合わせず、腕組みをしてドアにもたれかかり、窓の外に視線をやっている。積極的に話をするつもりはないようだ。

「その割には、中に入るのためらってたみたいだけど?」

 茉奈香が後ろから言った。少女がちらりと茉奈香に視線を寄こす。

「……アンタ達には関係ないだろ。別に悪いことしたわけじゃないんだからさ」

「悪いことしてないんなら、隠さずに話せばいいじゃない。話せないってことは、何かやましいことがある証拠じゃないの?」

 茉奈香が厳しく言った。少女は茉奈香を睨みつけたが、すぐに窓の外に視線を戻した。ショートカットの髪が揺れ、金色のピアスを開けた耳が覗く。このままでは平行線だ。何か別の切り口を見つけなければ。

「ところで、君、昼間自然公園の近くにいなかった?」木場が尋ねた。「ほら、例の殺人事件があった」

 少女は一瞬はっとした顔になったが、すぐにすげなく「……行ってない」と言った。

「でも、自分、君とそっくりな女の子を見た気がするんだよ。茉奈香も見ただろ?」

 木場が後部座席を振り返った。茉奈香が激しく頷く。

「……人違いだろ。あたしみたいな高校生いくらでもいるし」

 少女が不機嫌そうに言った。木場は訝るように少女を見た。彼女はいったい何者なのだろう。

「あ、ちょっと待って」

 急に茉奈香が声を上げた。後部座席から身を乗り出し、まじまじと少女の顔を見やる。少女は身体を捻って茉奈香の視線から逃れようとしたが、茉奈香も負けじと身体を伸ばして窓ガラスに映った少女の顔を見ようとした。運転席のミラー越しに、顔を上げた少女と目が合った瞬間、茉奈香は合点がいったようにぱちんと指を鳴らした。

「わかった! あなた、ガマ警部さんの娘さんなんでしょ!」

 少女が驚愕に大きく目を見開いた。木場も呆気に取られて茉奈香を見つめ、それから少女に視線を移した。刃物のように鋭い眼光は、確かにガマ警部に似ていなくもない。

「……何でわかったの?」

 少女が驚愕を浮かべたまま茉奈香を見た。茉奈香は得意げにふふんと鼻を鳴らした。

「あの公園を出る時に久恵さんと会って、連絡先を交換したの。その時、待ち受けの写真にあなたが写ってたの思い出したんだ。写真は制服姿だったし、髪ももうちょっと長かったから、すぐにはわかんなかったけどね」

「母さんに会ったの?」少女が目を剥いた。

「うん、警部さんが逮捕されたって聞いて心配してたよ。あなたもそうじゃないの?」

「……別に、あんな奴のことどうだっていい」

 少女は素っ気なく言うと、再びドアに身を持たせかけた。木場は金魚のように口を開け、完全に置いてけぼりになっていたが、そこでようやく息を吹き返して尋ねた。

「ええと……とりあえず、もう少し詳しく話を聞かせてもらっていいかな。君の名前は? 年はいくつ?」

 少女が首を回し、完全に存在を忘れていたような顔で木場を見やった。

「……蒲田桃子がまたももこ。もうちょっとで18歳になる」

 少女がぞんざいな口調で言った。桃子。ボーイッシュな見た目の割に可愛らしい名前だ。

「桃子ちゃんは、昼間あの公園に行ったんだよね?」木場が尋ねた。

「……行ったけど、別にアイツを心配してたわけじゃない」桃子が渋々認めた。「高校があの公園の近くにあるんだ。それでたまたま通りがかっただけ」

 アイツ、まるで他人を呼ぶような言い方。反骨心をむき出しにした態度は、久恵から聞いた話そのままだ。

「桃子ちゃんは確か、小学校5年生くらいからガマさんと別々に暮らしてるんだよね?」

「そう。アイツと一緒に住むのが嫌だったから。母さんもさっさと離婚すればいいのに」桃子が吐き捨てるように言った。

「桃子ちゃんは、どうしてそこまでガマさんのことを嫌ってるの? ガマさんがあんまり家に帰らなくて寂しかったとか?」

 桃子は答えなかった。石のように押し黙ったままフロントガラスを睨みつけている。

「まぁでも、年頃の女の子にとって父親ってうっとうしいものだから」茉奈香が口を挟んだ。「トイレ出た後に手も洗わないで冷蔵庫触ったり、母さんが掃除機かけてる横でソファーに寝っ転がってテレビ見たり、お風呂上りにタオル一丁のままビール飲んだり、いちいち目につくんだよね。そういうのが溜まり溜まって嫌になったとか?」

 木場はガマ警部が、茉奈香の言ったようなことを家でしている光景を思い浮かべようとした。――が、そもそもガマ警部がテレビを見たり風呂に入ったりして、家で寛いでいる姿が想像できなかった。

「……そんな単純な理由じゃない」桃子がぽつりと言った。「アイツは人として最低なんだ。あんな奴、生きてる価値もない。さっさと有罪になればいいんだ」

 木場は思わず茉奈香と顔を見合わせた。桃子の言葉は、単に父親を嫌っているというレベルで済まされるものではない。そこには明らかな敵意と憎悪があった。

「……ガマさんと何かあったの?」

 木場が恐る恐る尋ねたが、桃子はダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで首を埋めてしまった。どうやら話すつもりはないようだ。

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