捜査 ―3―

不審者

 木場が花荘院邸を後にした頃には、時刻は17時を回っていた。辺りはすでに薄闇に包まれ始めている。


 車に乗り込みながら、木場は今後の行き先について考えた。今から自然公園に戻れば18時近くになる。捜査員が引き上げていてもおかしくない時間だ。鬼の居ぬ間にとばかりに現場を捜索することも出来るが、12月のこの時期、18時ともなれば辺りは真っ暗だ。捜索は相当骨が折れるだろう。

 ただ、それ以上に問題なことがある。茉奈香をどのタイミングで家に帰すかだ。


「うーん、でも奇妙だよねぇ」


 木場の悩みなど露知らず、助手席に座った茉奈香は難しい顔で何やら唸っている。探偵ごっこを止めるつもりはまだないようだ。


「奇妙って、何が?」


「ほら、被害者が握り締めてた葉っぱのこと。あたし達、あれはずっと紅葉もみじだって思ってたけど、実際は楓だったわけでしょ」


「それがどうかした?」


「平さんは、犯人とガマ警部さん、どっちかが『楓』って言ったのを聞いた。そして、被害者の近くには楓の葉っぱが落ちてた……。どう考えたって事件と関係あるじゃない!」


「そうだけど……、肝心の意味がわからないんじゃどうしようもないよ。花言葉も関係なさそうだったし」


「ちぇっ、華道の先生に話聞いたら、謎が解き明かせると思ったんだけどなぁ」


 茉奈香が背もたれに身体を預けて唇を尖らせる。どうやら名探偵の推理も手詰まりのようだ。


「それで、これからどうする?」木場が茉奈香の方を見ながら尋ねた。

「もう17時だし、そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか」


「えーやだよ。まだ何にも謎が解決してないのに」


「夕飯までには帰るって母さんに言って来たんだろ。いい加減心配するぞ」


「そうだけど……」


 納得いかない様子では茉奈香は腕組みをしている。まだ何か付いてくる言い訳を考えるつもりなのだろうがそうはいかない。木場は急いでシートベルトを締めると、カーナビに自宅の住所を入力しようとした。


「ね、待ってお兄ちゃん。あそこに誰かいない?」


 茉奈香か前方を指差した。町名まで入力した木場が手を止める。顔を上げると、今自分達が出てきたばかりの漆塗りの門の前を、1人の人間が行ったり来たりしているのが見えた。暗がりのせいで詳しい人相は見えない。


「誰だろう? こんな時間にお客さんかな。それにしちゃ動きが怪しいけど……」


「ふむ、人気のない御屋敷、その前をうろつく不審人物……これは事件の匂いがするね!」


 言うが早いが、茉奈香は助手席のドアを開け、あっという間に外に飛び出してしまった。木場が面食らった顔になる。


「あ、おい、茉奈香!?」


 木場は慌てて後を追おうとしたが、シートベルトを外すのを忘れていたため、危うく胸が圧迫されそうになった。慌てて解除ボタンを押し、自分も車の外に飛び出す。茉奈香はもう門の前の人物と向かい合っていた。


「ちょっとあなた! こんな時間に人の家の前うろうろしてどういうつもり!?」


 茉奈香が腰に手を当てて怒鳴った。門の前の人物が、悪戯を見咎められた子どものようにびくりと肩を上げて茉奈香の方を見る。そこで木場もようやく追いついた。


「おい、茉奈香! 1人で勝手に行くなよ! 危ないじゃないか!」


「しょうがないでしょ? 名探偵として、犯罪が起きるのを野放しにはしておけないもん」


「相手がどんな危険人物かもわからないんだぞ!? 何か凶器持ってるかもしれないし……」


 木場はそう言って、茉奈香と向かい合っている人物の方に視線をやったが、そこではたと動きを止めた。その人物を、木場は以前にも見たことがあったのだ。短い丈の黒いダウンジャケット、細身のジーンズにスニーカー、茶色く染めたショートカットの髪形。今は気まずそうに視線を逸らせてはいるが、間違いない。


 そこにいたのは、木場が自然公園に入る時に見たあの少女だった。

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