大和撫子

 正門前には、相変わらずマスコミやら野次馬やらがすし詰め状態になっていた。木場が通りかかるとカメラが何台か向けられたが、茉奈香が笑顔で手を振ると興味をなくしたように公園の方に戻された。野次馬根性あまって現場に入り込んだ学生が、警官に追い出されたくらいに思われたのだろう。半分は事実なだけに木場は悔しかった。


「でも、これからどうしようか?」駐車場まで戻って来たところで茉奈香が尋ねた。

「現場の捜査は出来なさそうだし、近所の人に聞き込みでもする?」


「そうだなぁ。でも、あの刑事部長がどこで見てるかわからないからなぁ……」


 木場はこっそりと辺りを窺った。周囲にロマンスグレーの紳士の姿は見えないが、油断したところでお化けのように出てきそうな気がしてならない。


「他に関係者でもいればいいんだけどね。せめて被害者の身元がわかればなぁ」


 茉奈香が嘆くように言うと、派手に身体をのけ反らせて伸びをした。もう少し人目を気にしろと木場は突っ込みたくなったが、それより早く茉奈香が身体を起こして言った。


「ね、お兄ちゃん。あそこの人、さっきからお兄ちゃんの方見てない?」


 茉奈香がこっそり後ろを指差したので、木場も振り返った。鶯色の着物を着た女性が、俯き加減に、ちらちらと控え目な視線を木場達の方に送っている。黒髪を綺麗に結い上げた髪形が、着物と相まって上品な印象を与える。だが誰だろう。こんな世俗的な、まして殺人事件が起こった公園には似つかわしくない人のように思えるが。


 木場がそんなことを考えていると、顔を上げたその女性と目があった。木場は咄嗟にあ、と声を出し、女性は目を丸くして着物の裾を口元にやった。そのまま立ち去るかと思ったが、女性はしばし逡巡した後、意を決した様子で木場の方へ近づいてきた。からころとした下駄の音が駐車場に響く。


「あの……大変失礼ですが、木場刑事様でいらっしゃいますか?」


 木場の眼前まで来たところで、女性がおずおずと尋ねてきた。年齢は40代くらいだろうか。目尻や口元には皺が寄っていたが、その顔立ちは美人と言ってよく、見返り美人図として掛け軸に描かれていても違和感がなさそうだった。


「あ、はい。木場は自分ですが……」


「あぁ……よかった。主人からお話を伺っておりましたから、もしや、と思いながら拝見していたのですが、人違いだったらと思うと声をかける勇気がなく……」


「主人?」


 木場は首を傾げた。そこで茉奈香がはたと思いついたように人差し指を立てた。


「あ、わかった! もしかして、ガマ警部さんの奥さんじゃないですか!?」


「ええ、私は蒲田久恵がまたひさえ。あの人の妻でございます。この度は主人がとんだご迷惑をおかけ致しまして、誠に申し訳ございません……」


 久恵は両手を臍の下で重ねると、深々と頭を下げた。その所作もまた洗練されていて、常に無骨なガマ警部とは対照的だった。


(ガマさんの奥さん? こんなに上品で綺麗な人が?)


 木場は信じられない思いで久恵を凝視しながら、ガマ警部の常時不機嫌そうな顔や、ずんぐりむっくりした体型を思い浮かべた。あのいかにも女性に縁のなさそうな警部が、いったいどんな手品を使ってこの女性の心を射止めたのか、不思議でならなかった。


「主人はよくあなたの話をしておりましたのよ。いつも考えなしにひた走っては、被疑者の方に簡単に感情移入され、その度に主人が気色ばんでいるとか。あなたと一緒にいると、寿命が何年も縮まるようだと主人は口癖のように言っておりましたわ」


「は、はぁ、そうですか……」


 顔を上げ、上品に微笑みながらそう言った久恵に木場が気の抜けた返事をする。久恵の口調にはまるで嫌味なところはない。ただ、親切心からガマ警部の言葉をありのままに伝えているだけなのだ。

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