新たな相棒

 正面玄関にはまだマスコミがたかっていたため、木場は裏口に向かうことにした。すれ違う警官達は、死神に見捨てられたような顔をして歩く木場を遠巻きに見つめ、ひそひそと何やら囁き合っていた。だが、周囲の目など木場にはどうでもいいことだった。突きつけられた現実が、木場の心を癌細胞のように蝕んでいた。

 ようやく裏口まで辿り着き、セキュリティキーパッドに暗証番号を入力して扉を開錠する。抜けるような青空が視界に広がり、燦燦とした太陽の日差しが頭上から差し込んだが、木場の心は全く晴れなかった。

 マスコミに見つからないようにして駐車場を横切り、木場は自分の車を見つけ出した。ズボンのポケットからキーレスキーを取り出し、開錠して扉を開ける。運転席に乗り込み、カーナビに自然公園の住所を入力する。

「もう、お兄ちゃん待たせすぎ。女の子の時間は貴重なんだからね?」後部座席から声がした。

「しょうがないだろ。今回、自分は正式な捜査員じゃないんだから、現場の住所とか自力で調べないといけなかったし……」

 木場はカーナビをタッチしながら答えたが、そこではたとして動きを止めた。弾かれたように後ろを振り返る。腕と足を組んだ茉奈香が、後部座席のシートに悠々と腰掛けていた。

「ま……茉奈香!? 何でここにいるんだよ!?」

「何でって、お兄ちゃんを追っかけてきたに決まってるじゃん」茉奈香が悪びれもせずに言った。「電車だとちょっと時間かかったけど、それでも余裕で追いつけたし」

「いや、追いかけてきたって……」

 木場は眩暈がした。どこから突っ込めばいいのかわからなかった。

「まず、どうやって車の中に入ったんだ? 自分、鍵はちゃんとかけたはずだけど」

「ふふん、こんな鍵の1つや2つ。茉奈香様にかかれば朝飯前だよ」

 茉奈香は得意げに言うと、スカートのポケットから針金を取り出して見せた。どうやらピッキングしたようだ。そう言えば昔、名探偵になるための修行だと言って練習していたのを木場は思い出した。げんなりとしてため息をつく。

「……あのな、茉奈香。自分は今から殺人事件の捜査に行くんだよ。公園に遊びに行くわけじゃないんだ」

「もう、そんなこと言われなくたってわかってるよ! あたしはね、お兄ちゃんを助けに来たんだよ!」

「助けに?」

「そう。逮捕されたの、お兄ちゃんの上司の人なんでしょ? つまりお兄ちゃんは、今回1人で捜査しなきゃいけないってわけ。

 でもほら、お兄ちゃんは探偵としてはまだまだ半人前だから、優秀な助手が必要だと思って」

「……自分は探偵じゃないし、助手を頼んだ覚えもない。早く家に帰れよ」木場がすげなく言った。

「えー、やだよー! 殺人事件の捜査を見学できる機会なんて滅多にないんだから! これも名探偵になるための勉強だよ!」

「お前が目指してるのは検事だろ……」

 木場はため息をつくと、改めて茉奈香を見やった。赤いベレー帽を斜めに被り、ベージュのポンチョを身につけ、その下には茶色いロングスカートを履き、足元には黒いショートブーツを履いている。名探偵を意識しているように見えなくもない格好。この妹、どうやらまだ野望を捨てていなかったらしい。

「お前が事件に首突っ込んだって知ったら母さんが心配するぞ」

「大丈夫、お母さんにはちゃんと言ってきたから。『ちょっとお兄ちゃんが心配だから見てくるね』って。お母さんも、『夕飯までには帰ってくるのよ』って言ってたよ」

「どんな親子だよ……」

 木場は愕然としてハンドルの上に頭を乗せた。妹が一度言い出したら聞かない性格であることは知っている。こうなったら連れて行くしかないだろう。

「言っとくけど、現場に入れてもらえるかはわからないからな。自分も警察手帳忘れちゃったし……」

「あ、それなら持ってきてるよ。どうせお兄ちゃんのことだから、免許証だけ持って飛び出してったんだろうって思って、財布と携帯もちゃーんと用意しといたから」

 茉奈香に言われ、木場は慌ててジャケットのポケットを弄った。確かに財布も携帯もない。後部座席を振り返ると、茉奈香が勝ち誇った表情で、手帳と携帯と財布をサンドイッチのように重ねて差し出していた。

 木場は下唇を突き出して妹を睨みつけると、ひったくるようにしてそれらを受け取った。

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