容疑者
取り調べ室は狭く、灰色の机を挟んで手前側に回転椅子、窓側にパイプ椅子が置かれている。奥には格子のはまった小さな窓があるものの、そこから差し込む光はわずかばかりで、いるだけで陰鬱な気分にさせられる。机の上には簡易なライトスタンドがあり、薄暗い室内を申し訳程度に照らし出している。
そしてその灯りの向こうに、パイプ椅子に腰かけ、ズボンのポケットに手を突っ込んでいる人物の顔が見えた。
ずんぐりとした体躯に不機嫌を貼り付けたような顔、猛禽類のように鋭い眼光。それは、木場がこの1年にわたって何度も叱責を受けてきた上司の姿だった。
「ガマさん……」
木場が立ったまま呟いた。ガマ警部は顔を上げると、今しがた初めて木場の存在に気づいたように彼を見つめた。木場の位置からは灯りが遮られ、その表情を読み取ることはできない。
「……木場か」
ガマ警部はそれだけ言った。いつもと変わらぬ凄みのある声。この取り調べ室で、その恫喝に怯えて自白する被疑者が何人いたことだろう。
「……ニュースで見ました。ガマさんが死体と一緒に倒れてて、凶器を持ってたって……。でも違いますよね? 濡れ衣なんですよね!?」
ガマ警部の方に駆け寄り、机に手を突いて身を乗り出しながら木場が問う。ライトスタンドの灯りが警部の顔を照らし、木場はじっとその表情を窺ったが、そこにはいつもの憮然とした表情が浮かんでいるだけだった。
「……残念だな、木場」
ガマ警部がふっと息を漏らした。木場は困惑してガマ警部を見返す。
「お前の上司は、薄汚れた殺人犯に成り下がってしまったようだ。お前も宗旨替えの時期が来たということなんだろう。次はせいぜい、もう少しまともな上司に当たることを願っておくんだな」
ガマ警部の言葉に、木場は頭がかち割られたような気がした。拒絶するかのように何度も首を振り、さらに身を乗り出してガマ警部に詰め寄る。
「そんな……ガマさんが殺人なんてするはずがありません! それは自分が一番よくわかってます! どうしてやってもない罪を認めるんですか!?」
必死の様相で問いかけるも、ガマ警部は答えようとしなかった。顎を引き、挑むような視線を木場に向けている。容疑者の立場になってもその眼光の鋭さは微塵も揺るがない。木場はたじろぎそうになったが、負けじとその目を見返した。
廊下から人の足音が聞こえる。交代の捜査員が来たのだろう。だが、このまま立ち去るわけにはいかず、木場はじっとガマ警部を見据えたまま言った。
「ガマさん……自分は信じませんからね。絶対に、ガマさんが無実だってことを証明してみせますからね!」
鼻息荒く宣言したが、ガマ警部はやはり表情を変えなかった。
木場はやるせない思いでその顔を見つめたが、やがて振り切るようにして顔を背けると、部屋を出て行こうとした。
「……木場、上司として、最後に一つだけ忠告しておく」
ガマ警部が不意に呟いた。木場は扉にかけていた手を止めた。
「お前はこの1年で、いくつかの事件を解決してきた。その功績は俺も認めないわけにはいかん。
だが、今回は別だ。これはお前の手に追えるようなヤマじゃない。悪いことは言わん。さっさと手を引くことだ」
木場は振り返らなかった。悔しさが喉元までせり上がってきたが、懸命にそれを堪えようと拳を握り締める。
やがて乱暴なノックの音がして、3人の私服刑事がどやどやと部屋に入ってきた。皆、扉の前で突っ立っている木場に一瞥をくれたが、すぐに興味をなくしたように視線を外すと、机の周りを取り囲んだ。あっという間にガマ警部の姿が見えなくなる。
木場は失意を引き摺ったまま、ゆっくりと部屋から出て扉を閉めた。
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