自然公園

 カーナビに従って車を走らせること約30分、木場は現場である自然公園に辿り着いた。


 郊外にあるこの公園は、秋になると紅葉もみじ銀杏いちょうが一斉に色づき、知られざる紅葉の名所として地元民の間ではちょっとした有名どころであった。

 だが、12月のこの時期には枯れ木が侘しく佇んでいるだけで、昼間に犬の散歩をする人が数名訪れるくらいで、夜間の人通りはまずなかった。


 近くの駐車場には、すでに何台ものパトカーが停まっていた。やっとのことで1台分の駐車スペースを見つけ、周囲の車を擦らないように慎重にバックする。車から降りるとたちまち空っ風が吹きつけ、木場は思わずコートの前を押さえた。


「うわっ、寒い! やっぱ外出ると全然気温違うね。もうちょっとあったかい格好してくればよかったかな」


 茉奈香が両の二の腕を擦りながら降りてきた。ポンチョの下には白いニットを着込んでいたが、それでも寒さが堪えるようだ。


「だから帰れって行っただろ。こっから駅までそんなに遠くないし、送って行ってやろうか?」木場がここぞとばかりに尋ねた。


「ふん、そんなこと言って、あたしを追い返そうったって無駄なんだからね。この事件が解決するまで、お兄ちゃんのこと追っかけてやるんだから」


 茉奈香が両手を腰に当てて不敵な笑みを浮かべてくる。やはり何を言っても無駄らしい。

 木場はため息をつくと、改めて自然公園の方を見やった。入口には黄色いテープが貼られ、私服刑事や鑑識が慌ただしく動き回っている。テープの前にはマスコミや野次馬が群がっていて、少しでも公園内の映像を収めようとカメラやら携帯やらを持ち上げている。またあの雑踏の中を通り過ぎていかなければいけないのかと思うと木場はうんざりした。


「へーえ、この公園って入口が2箇所あるんだね」


 急に茉奈香の声がしたので木場は振り返った。茉奈香は車から離れ、大きな園内マップが掲げられた看板を見ていた。木場もその方に近づいて行く。


「今あたし達がいるのが正門、方角で言うと南側ね。で、公園の外側に沿って10分くらい歩くと、西側に別の門があるみたい。死体が発見された小屋がここでしょ?」


 茉奈香はそう言って、マップの真ん中からやや左寄りにある小屋のマークを指差した。


「だったら西側の門から行った方が近道じゃない? 西門の近くに駐車場はないから、ここほど人も多くなさそうだし」


 地図を差しながら淀みなく説明する妹を、木場は呆気に取られて見つめた。茉奈香が不思議そうに首を傾げる。


「どうしたのお兄ちゃん。あたしの顔に何かついてる?」


「いや……そうじゃないけど、お前、あのニュースちらっと見ただけだろ? よく死体が小屋で発見されたことなんて覚えてたな」


「ふふん、当然でしょ? あたしはお兄ちゃんとはここの出来が違うんだから」


 茉奈香は得意げに言うと、ベレー帽を乗せた頭を指でとんとんと叩いて見せた。木場は悔しかったが、妹が自分より優秀なことは事実なので、何も言い返せなかった。


「じゃ、そうと決まれば西門に行こう! あー楽しみだなぁ。現場の捜査ってどんな感じなんだろ?」


 茉奈香は両手を合わせて言うと、鼻歌を口ずさみながら公園に向かって歩いて行った。だから遊びに来たんじゃないってば。木場は内心そう突っ込みながら、自分も妹の後に続いた。




 茉奈香の予想通り、西門にマスコミや野次馬の姿は少なかった。出入りする警官も少ないのだろう。記者らしき人間が数名入口の柵に腰掛け、退屈そうに煙草を吸っている。

 木場達が近づいていくのを見ると彼らはちらりと目を向けたが、すぐに興味なさそうに再び煙草を吸い始めた。おそらく部外者だと思われたのだろう。茉奈香はともかく、自分も警察関係者には見えないのだと考えると、木場は何だかやるせない気持ちになった。


「……ね、お兄ちゃん、あれ、誰かな?」


 茉奈香が木場のコートを引っ張りながら後方を指差した。木場が振り返ると、道路を挟んだ反対側の通りで、仁王立ちした1人の少女が、上目遣いに公園の入口を睨みつけていた。


 年齢は高校生くらいだろうか。短い丈の黒いダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、細身のジーンズにスニーカーという出で立ち。茶色く染めたショートカットの髪形も相まってボーイッシュな印象を与える。


「近所の子かな? 事件のニュースを聞いて様子を見に来たとか」木場が思いついたことを口にした。


「うーん、野次馬の雰囲気じゃない気がするけど。視線が攻撃的だし」


 茉奈香が言った。確かに少女の眼光は鋭く、まるで親の仇を見ているようだ。もしかして被害者の親族だろうか。


 木場がそんなことを考えていると、見られていることに気づいたのか、少女が顔を上げて木場の方を見た。射るような視線が木場に注がれる。

 木場は咄嗟にあっと声を上げたが、次の瞬間、少女は踵を返して通りから立ち去っていってしまった。


「……行っちゃった。結局誰だったんだろ、あの子」


「お兄ちゃんに片思いしてる相手じゃないことは確かだね」


 木場の呟きに茉奈香が平然と返す。木場はじろりと妹を睨みつけた。

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