スーパーミステリアスボーイ(笑)

 引きずられて足を踏み入れた第二体育館には、予想外の光景が広がっていた。半分は新体操部、残りの半分はほとんどダンス部が使っているのだ。そして入り口から一番遠い端っこのスペースに、申し訳なさそうにコートが設置されている。


 とどのつまり、バドミントン部には体育館のほぼ六分の一のスペースしかないのだ。具体的には、コート一面が本当にかろうじてセットできる程度である。そこでせっせとスクワットをしている松下先輩と強面先輩、それから新入生二人。首にストップウォッチを下げて、それをカウントする人が一人。


「ラスト十回!」

「「おーす!」」


 ……なんだか実に暑苦しい。


「あの……これは一体?」

「ああ、思いのほか新入生がいっぱい来てくれたから体験入部も兼ねてみんなで一緒に基礎トレーニングをしようってことになったんだ。でも五キロの外周マラソンと六点フットワーク十八回×三セットが終わってスクワットを始めたあたりでみんなどこかに行っちゃって……。そんで追いかけに行ったところで颯太郎君を見つけたってわけ!」

「…………なるほど」


 このスペースで今の今まであの人数がひしめき合ってスクワットをしていたのを想像すると、なんだかじわじわと笑いがこみあげてくる。だがしかし、きっと当事者たちはたまったもんじゃなかったはずだ。部活動紹介を見て胸を躍らせながら見学に来たのに、最初からランニング、フットワーク、スクワットの三連コンボにお出迎えされたらそりゃあ逃げ出したくもなる。残った人が二人いるだけでも奇跡だ。


「九十九、ひゃーく!よし、おわり。お疲れ様―」

「南先輩もカウントありがとうございます!一年生は大丈夫か?」

「あ、足がプルプルします」

「僕は意外と平気ですね」


 名前も知らない同級生たちの魑魅魍魎に追われたかのような逃げ様に妙な納得を覚えているうちに、新入生泣かせの恐ろしいメニューがようやく終了したようだ。


「松下―!他の一年生は逃がしちゃったけど噂の羽代君捕獲してきたよー!」

「うおっ!本当に!?……なんか近くで見ると思ってたより小さいな」

「一応平均以上はあります!」


 初対面からいきなり失礼な!つい反射で言い返してしまったのも仕方のないことだと思う。そういう先輩のほうが僕より微妙に目線が低いじゃないか!これでももうすぐ一七〇になりそうなんだぞ! というか何故みんなして僕のことを知ってるのさ。結局まだ答え教えてもらってない!


「おー!なかなか元気がいいな!よーし、休憩がてら自己紹介するか。みんな、集ぅ―合―!」


 僕の必死の反論は華麗に流されて、各々水分補給をとっていた人たちがぞろぞろと集まってくる。そのまま誰に指示を出されたわけでもないのにぐるりと円を描くように座る様は、なかなか息がぴったりだ。


「よーし、それじゃあ俺から!部長の松下幹人みきと。二年生です!えーっと、バドミントンは小学一年生からやってます。シングルスとダブルスだとシングルスの方が得意かな。あと、家が農家なんで体力には自信あります!」

「いよっ!全国三位!」

「いや、元な。中学時代の話だから。悔しいけど今はそこまでの結果出せてねえし」


 うわっ!全国大会三位?!そりゃあ上手いはずだ。一つ上の代だけど、中学時代には全く見た覚えがない。残念ながらその頃うちの学校は県大会どころかほとんど地区大会止まりだったから、知らないのも当然なのかも。


「羽代は去年夏の県大会出てたろ?俺その大会見に行ってたんさ!やけに殺気立った顔で試合してるやつがいるなーって目についてすんごく印象に残ってた」

「え……?僕そんなに怖い感じでしたか?」

「うん。かなり怖かった!正直『バドミントンの選手』っていうよりは、『数多の人間を喰らった鬼』って感じだった!」

「わかる!俺も幹人に着いて行ってたんだけど、羽代君がいるところだけなんか雰囲気が異常だったもん!」


 松下先輩と僕を連行してきた塩顔イケメン先輩から聞かされた衝撃の事実に、しばらく思考が停止した。自分としてはなるべく感情を表に出さないようにポーカーフェイスを意識していた。何なら常に無表情のスーパーミステリアスボーイを演じている気満々だったのに。まさか周りからは、人間どころか鬼だと思われていたなんて……。それもただの鬼ではなく人喰い鬼。


 なんというかショックだ。約一年越しに恐ろしい事実を知ってしまった。これはもういろんな意味で黒歴史確定だ。自主練日記と共にすべてを封印してしまいたい。


「そんな……」

「まあとりあえず羽代君のことは置いといて、次は俺!二年生の平部員、天野涼です!中学までは東京にいたから正直まだこっちのことはあんまりわかりません。好きな食べ物は―」

「あの……」

「―理系で、担任はまさかの矢場先生です。えーと、あとは……あ!ダブルスが得意で、この後自己紹介するもう一人の二年生とペア組んでます!」


 気が付けば呆然とする僕をあっさりスルーして、塩顔イケメン先輩こと天野先輩が話を進めている。なんだか人とコミュニケーションをとれるような気分ではなくなってきたから今日はもうお暇させていただきたいのに、言い出すタイミングがなかなかつかめない。というか正確には言い出そうとしたのに全く聞いてない。松下先輩といい、この部の先輩は揃いも揃ってゴーイングマイウェイなのか。


 なんだかこの数十分で十歳くらいは老け込んだ気がする。まだ六人中二人の自己紹介しか終わっていないなんて、できることなら信じたくない。


「そんな感じでよろしくねー!じゃあ次!」


 僕の気持ちとは裏腹に、天野先輩の明るい声が響く。というか忘れかけていたけれど、大会を見ていたなら僕の見た目やプレイスタイルを知っているのは納得だ。でもどうして誕生日やら血液型を知ってるんだ!?


 ……ああ、胃が痛い。

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