スマッシュ!
「こんにちは!男子バドミントン部ですっ!!」
チャイムが鳴り静寂が訪れた体育館中に響き渡る声は、やっぱり赤T先輩だ。赤T先輩だけど、今日は真っ青に白のラインが入ったユニフォームを着ている。
その横にずらりと並んだ三人がバドミントン部の部員なのかな。…………ん?三人?サンニンってあの一、二、三の三?赤T先輩合わせても四人?
え?
団体戦は最低五人メンバーが必要なはずだけど、それすら足りていないん!?いやいやいやいや、バドミントンって何となく公園とかでやったこともある人多くて割と馴染み深いスポーツなはずだし、高校とか中学から始める人もすごく多いはず!
あ!そうだ!きっと代表者だけ部活動紹介に出ているに違いない!きっとそうだ!
少数精鋭か。それなら納得がいく。
「現在バドミントン部は、選手三人とマネージャーが一人の計四人で活動を行っています!」
ゑ?
四人じゃなくて三人……?選手三人……?中学生の頃からバドミントン部ってどこもそれなりに人数が多いイメージがあったから、ここまで少ないバドミントン部初めて見た。そもそもその人数で部として成り立つのか?
「残念ながら団体戦に出られる最低人数五人を割っているので、ここ最近の大会は主に個人戦へ出場しています。もし新入生が二人以上入らなければ廃部が決まってしまう大ピンチな状況です!だから入学式早々大慌てで宣伝して矢場先生に雷を落とされました!数学問題集三周と反省文の刑に処された可哀想な先輩の努力を無駄にしないためにも、ぜひ見学に来てください!初心者、経験者問わずに大歓迎です」
矢場先生のくだりで新入生の間からどっと笑いが起こった。あの事件は目撃者から一部始終が広まり、今やたいていの新入生が知っている。それ故に、みんな噂の赤T先輩に興味津々といった様子だ。今までの部活の中で新入生のリアクションが一番良い。
もしかすると、あの事件は新入生から注目してもらうために狙ってやったのか?そうだとしたらただ声がでかいだけの先輩ではないのかもしれない。
「バドミントンって遊びとかでやったことがある人は多いと思うけど、競技としてはどんな感じか想像できない人も多いんじゃないでしょうか?今日はちょっとだけみなさんに試合の雰囲気を味わってもらいたいと思います!」
そう言うと、赤T先輩は後ろにセッティングしてあったコートの右手側に入っていった。反対側のコートには、バドミントンというよりは柔道が似合いそうなガタイのいい先輩がいつの間にかスタンバイしている。
「来い!」
赤T先輩今日一番のとんでもないボリュームが体育館中を駆け巡った。もはや衝撃波でも起こっていそうだ。一気に緊張感が高まった。
パァン!
それから一瞬の静寂の後、空気を切る乾いた音が響く。天井にぶつかりそうな高さまで打ちあがったシャトルが、赤T先輩のコートへと落ちていく。驚く程しなやかに、そして素早く落下点まで移動した先輩は後ろにラケットを引くと、これまた綺麗な動きでラケットを頭上に振り上げた。スマッシュが来る!
シュッ
……僕はそう確信したのに、放たれたショットは相手コートの手前に打ち下ろす「ドロップ」だった。マジか!赤T先輩滅茶苦茶うまいぞ!
強面先輩が体勢を崩しながらもなんとか打ち上げると、その後はお互い強いショットの応酬で早いテンポのラリーが続く。
一体何秒、いや何分経ったんだろう。赤T先輩の元気な挨拶を聞いたのがもうはるか昔のような気がする。誰もが固唾を飲んで見守りつつも、いったいいつまで続くのかと思い始めたちょうどその時だった。
強面先輩が体勢を立て直そうとシャトルを高く打ち上げた。それを見るや否や、赤T先輩は疲れがたまっているはずなのに最初と同じように素早く落下点へ移動する。柔らかな動きで膝を曲げると、まるで足の裏にバネでもついているんじゃないかという勢いで、
飛んだ。 ジャンプスマッシュだ!
そのまま最高到達点で、それこそバレーのスパイクのようにラケットが振り降ろされる。
スパンッと音がした時には、強面先輩のコートド真ん中にシャトルが突き刺さっていた。
静寂。
さりげなく周りを見てみると、何が起きたんだろう?みんなしてそんな表情だった。
一応一年ほど前まで現役バリバリだった僕ですら目で追うのもやっとだったんだから、初めて見た人なんかわからなくて当然だ。というか正直最後のジャンプスマッシュに至っては、早すぎて僕もシャトルの軌道すら全く見えなかった。
……やばい。すごく、かっこいい。余韻を噛みしめながらも、誰もが指一つ動かさないあまりの静かさに時間が止まってしまったのかと思ったちょうどその時だった。
……パチパチパチパチ。静寂を破ってどこからともなく拍手の音が聞こえてくる。それに同調するように一人、また一人と手をたたき始め、気づけば体育館中が拍手の渦だった。
「かっこいい!」
「スゲー!」
そんな声がいたるところから聞こえてくる。だよね!かっこいいよね!赤T先輩はもちろんだけど、それについていける強面先輩もすごい。
「ありがとうございました!すでに見に来てくれた人もいるけど、興味のある人はぜひ放課後第二体育館まで!放課後都合悪い人は、勧誘期間中の昼休みに二年三組の松下まで!よろしくね~!」
拍手に答えて手を振りながら、赤T先輩改め松下先輩が再度宣伝をする。その周りではいったいどこから持ってきたのか、「来たれ!やる気のあるやつ!!byバドミントン部」と書かれたキラッキラデコレーションの看板を、その他部員の先輩方が振り回している。
「よーし、手ごたえは十分だ!あとはボロ出さないうちに撤収するぞ!ついて来いお前らー!」
「おー!」
松下先輩の掛け声に元気よく答えたかと思えば、バドミントン部は鳴りやまない拍手を背にネットとポールを担ぎ撤収していった。
どうやったらあんな風にきれいなフォームでジャンプスマッシュが打てるんだろう?
一体どんなトレーニングをすれば、あんなに安定したショットが打てるんだろう?
今日コートに入っていなかった先輩はいったいどんな選手なんだろう?
ん?待てよ?赤T先輩はシングルスが得意そうだったけど、強面先輩は少し動きにくそうにしていたから、ひょっとするとダブルスをメインにしている可能性が高い!ということはあと一人の先輩は強面先輩の相方だったりするのかな?
ああ!気になることばっかりだ!今日の放課後確かめに行ってみようかな。よし、そうしよう!
……ん?いやいやいやいや、僕はもう一生バドミントンはしないと自主練日記に誓ったんだ!またあんな目にあったらどうするのさ。
…………でも、見るだけなら問題ないんじゃないかな。そうだよね!入部しないで見に行くだけだっていいんだもんね。
よし!放課後見に行ってみよう。ちょっとだけ。あくまで端っこから覗くだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます