滴定
架橋 椋香
滴定
わたしはなんてことない小国の皇女だ。それは、確かなことであったし、確かなことであるし、確かなことであるだろう、という気持ちのするもので、温かい。
狭い(もちろん普通の家よりは広い。一般的な宮殿(なんですかそれ)よりは、たぶん狭い)宮殿の庭を散策していたら、三日月みたいなかたちのバッタがいた。オンブバッタのオスか、ショウリョウバッタの子どもか。つかまえる。
「さよなら」とどこに居るかもわからぬバッタに向けて呟くと、私にしては興味深いことに気づいた。
さよなら、というのは、さようなら、であり、さようなら、というのは、左様なら、であって、たぶんいまのことばで言う、それでは、のような意味、つまり相手と多少の会話、コミュニケーション、意思疎通があったうえで、それでは、という流れが想定されていて、わたしとあのバッタとの間に、どれくらいの意思疎通があったでしょうか?、わたしがあのコを見つけて、つかまえて、あのコが逃げて、それだけ、それだけだ、わたしにさよならなんて言う資格はないのだった。
滴定 架橋 椋香 @mukunokinokaori
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