第149話【ケーキに魅了された女達】
「凄くおいしい!!
これが噂の有名店の味!
カルカルにもお店を出してくれたらいいのにね」
「だから職人が居ないって言ってるじゃないの」
「それは分かってるけど……なんとかならないかなぁ」
ほとんどの女の子達は初めて食べるショートケーキに驚きと感動を交互に出しながら美味しく食べる。
「ああ、もう無くなった……」
食べれば当然なくなるのが当たり前なのだが彼女達は非常に残念そうにそう呟きあっていた。
「これをまた食べるとなると領都へ行かなければいけない……。
けどケーキを食べたいがためだけに領都まで行くのは時間的にもお金的にも難しいわよね。どうしたものか……」
彼女達はあまりに美味しかったケーキに魅了されてなんとかもう一度満足するまで食べてみたいと領都へ行く方法を考えだした。
「そうだ良いことを思いついた!
今年の研修は領都本部を見学したいと言って順番に行けるようにラーズギルマスに提案書を出すのはどうかな?
仕事を前面に出せば上手く行けば無理やり長期の休暇を取らなくても交通費付で領都まで行けるかもしれないわ」
「それ良いかも! いつもラーズギルマスは私達に勉強しろと言ってるし、視察研修ならば稟議が通るかもしれないわね」
女子達は『それはいい案だわ』と発案者を褒めるが、リリスの一言で固まってしまう事になる。
「あー、そのやり方は私が前にやってそのまま退職した苦い思い出がラーズギルマスにはあるから通用するか分からないわよ。
それに、もし稟議が通っても行けるのは中堅のひとりか多くてもふたりまでだと思うわね。
そして、もし上手く行けたとしても帰ってきてからの報告書地獄と行けなかったメンバーからのやっかみが凄い事になりそうね」
リリスの鋭い分析にその場にいた女の子達は「はあ、やっぱり無理か」とため息をついた。
「まあ、そんなに落ち込まなくても……。
なかなか無いかもしれないけれど、もしまた私達が領都に行く事があったら代理購入を頼まれてあげるから元気をだしてよ」
「本当!! 絶対だよ!
それで次はいつ行くの?」
リリスの話に一斉に食いつく元同僚達に若干引きながら「そんなにすぐには行かないわよ!」とすぐさま突っ込んだ。
「ごちそうさまでした。
本当に美味しかったわ」
元同僚達の感謝の言葉に笑顔で応えたリリスは紅茶を飲みながら自分が居なかった時の事やこれからの事を話してすごした。
「――それでこれからどうするつもりなの?」
「とりあえず新しい屋敷を建てるまでギルドの保養施設を間借りする形になるみたいね。
聞いてるだけだけど約半年から一年ってところらしいわ」
「あー、あそこかぁ。
あそこは部屋数も多いし広いから快適にすごせるわよね。
ねえ、一応あそこってギルドの施設じゃない?
私達が遊びに行ってもいいのかな?」
「急にじゃなければ大丈夫だと思うけど、それこそラーズギルマスに確認したほうが良いかもしれないわね。
私達はあまり気にしないけどナオキは貴族の一員になったからその辺の立場的なものがどうかよね」
「あっ! そうかぁ。
リリスの旦那さんは貴族様になったんだっけ?
それってリリスも貴族になったの?」
「一応、貴族の妻とはなるそうだけど彼は名誉爵位の貴族だからあくまで本人のみの称号なの。
だから、立場的には私は平民のままとなるの。
だから彼と一緒に行動する時は貴族の妻で、ひとりで行動する時は平民と同等になる結構面倒な立場ね」
「へぇ、そうなんだね。
じゃあ、名誉爵位ってどんな仕事をするの?
私は初めて聞く爵位だからよく知らないのよね」
「私も説明を受けただけだからはっきりとは分からないんだけど、領地経営をしない貴族で生きている間は生涯貴族給与という生活費が支給されるから仕事は好きに決めていいみたいなの。
儲けてもいいし、地域に還元する事をしてもいい。
極端な事を言えば拠点をカルカルにもって国中を視察と言う名の旅をしてもいいみたいね。
もちろんそんな事はしないけどね」
リリスはそう言うと僕の側に来て小さな声で聞いてきた。
「ナオキ的にはどうしたい?」
「――そうだな」
僕は前から考えていた事を返す。
「前から思ってたんだけどカルカルに帰ったら一度、僕がこの世界に来た神木の場所へ行ってみたいと思ってたんだ。
別にそこへ行っても女神様に会える訳でも元の世界に帰る訳でも無いんだけど、僕にとってのこの世界の原点だからそこで女神様に祈りと感謝を言いたいと思ってるんだ」
僕の言葉にリリスは表情を曇らせて「本当に居なくならない?」と僕の腕を握りしめた。
「ああ、元の世界へ帰るとかは絶対に無いから安心していいよ。
だって、こっちの世界に来るときに女神様に「元の世界の身体はもう無いから諦めてね」と言われたんだからね。
それに、もし帰るとしてもリリスを置いて帰るなんて選択肢はあり得ないからね」
「そう……よね。
絶対、絶対、絶対に約束してね。
もし、破ったら一生許さないから……」
「あー、なんだか暑くなってきたわねー」
「そうね。特にこの辺りから凄い熱量が漂ってきてるみたいねー」
「いいなぁ。私も早くいい人見つけないと嫁に行き遅れちゃう」
小さな声で話していたはずだったがいつの間にか声が大きくなっていたようで、まわりの女の子達から熱い冷やかしの言葉攻めにあった僕達は顔を赤くして冷や汗をかいていた。
「――今日はお土産を本当にありがとうね」
「とっても美味しかったわ。またお願いね」
楽しいお茶会となったお土産披露会は無事に終わり、帰ろうとした矢先にラーズギルマスから呼び止められた。
「お、やっと話が終わったか。
なあ、さっきのケーキは領都の甘味屋のやつだろう?
もうひとつ無いか?」
「どうしたんですか?
まさかひとつじゃ足りなかったんですか?」
リリスはジト目でラーズを見る。
「いや、俺は食べてないが家で待っている妻と娘に持って帰ってやりたくてな。
ひとつだと喧嘩になるのが目に見えてるからなんとかならないかなと思ってな」
「そういう事でしたら……。
でも、貸しひとつですよ。
また何かあったら力を貸してくださいね」
リリスは僕からもうひとつケーキを受け取ってからラーズへ渡した。
「すまない。 恩に着るぞ」
ラーズはそう言うと「すまないが俺はもう帰るから何かあればサブマスへ頼んでくれ」と言い残してギルドを後にした。
「ラーズギルマスも愛妻家であり愛娘も大切にしているんだね。
でも、リリスも相当に優しいね。今のケーキ最後のひとつだったんだけど……」
それを聞いたリリスは「ま、まあね。これも今後の投資と思えば安いものよね」と顔を引きつらせながら強がった。
それを見た僕は(本当はもうひとつあるけど今度リリスが落ち込んだ時にでもそっと出すことにしよう)とほくそ笑んでいた。
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